・わたしは、頭もからだもせいかくもよわい。いいかげんだ。いいかげんだから、なにものかに帰属したい願望はある。奇妙なほどに自分の子供をほしがっていた。だが現実の子供は頭のなかでかんがえていたものとはちがって「他人」だった。
・「おれはもうあきらめた」といっているはずなのに、すこしもあきらめてはいないのだ。「あきらめた」とおもい、これを口にださあければならないほどに、だれもがあきらめてはいないのだ。運命という架空の絶対者を想定することによって、いかにもあきらめたかのように見えるのだが。
これは倒錯だ。だれもかれもが、変態になっているのだ。
・だが運命論者は悲観的かというと、そうでもない。「もうはじめから決められているのだから」ということに、奇妙な安心感をいだく。生きることに対する怠惰を正当化できる。
・オカネがなかったら、かせぐしかない。才能がないといわれても平気なのは、ない才能は努力によっても得られない、とおもうからだ。愛情がもつれたら、関係者全員を殺してしまえばいい。(略)ときおりまるで無関係なひとたちを、たとえば喫茶店の椅子からたちあがって、しずかにみな殺しにしたい、とおもうことがある。
・精神病理学的なイミにおいて、わたしという人間はかなりおもしろい見本だと思う。コンプレックス(複合感情)はひと一倍だし、つねにアンヴィヴァレンツ(愛と憎しみのような両極端)にひきさかれている。なおかつ過敏すぎるくせに、非常に鈍感である。敏感なところより、にぶい部分のほうがはるかに広大なのだから、いやになる。
『鈴木いづみコレクション5 エッセイ集1 いつだってティータイム』
※モデル、俳優を経て作家。伝説となった天才アルトサックス奏者の阿部薫と結婚して一女をもうける。私はまったく知らないが、70年代には、存在そのものがメディアと言ってもよいほどの女性だったらしい。36歳で首つり自殺。
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・(略)我を忘れるほど夢中になったことはない。いつもどこかに、醒めた意地の悪い自分がいた。
食べること、着ること、あらゆる意味での性的なこと、それらの欲望に全部を投入しきり溺れきったら、どんなに幸福なことだろう。幸福あるいは生きがいの源泉は、単純さであり、疑うことをやめてしまった怠惰な精神である。
・自分が生きていくということに、どんな意味があるのか? もちろん意味なんか、ありはしないのだ。しかし、人間は、自己の存在のよりどころがなくては、荒廃していくだけである。
わたしは、自分を「夜の底をはだしで歩いている赤ん坊」のように感じている。アイデンティティがないのだ。
・はっきり言えば、感受性の鈍い男はまったく耐えられない。
自分がそうした点で鈍いせいか、と思う。だが反対に、神経質でイライラしやすいタイプだからかとも思う。むしろ私は、その二つの面を持ちあわせている。まったく異質なものがめまぐるしくいりまじって、自分の中でたがいに相容れないのだ。
・女の特質といわれている嫉妬深さ、優柔不断あるいは執念深さ、かわいらしさ、やさしさは、男の特質だ。初恋の女をいつまでも熱愛しながら軽蔑を感じているいまの女を抱くのは男で、「一緒になれないなら死ぬ」ぐらいのことをいっておきながら、別のと結婚するとケロッと忘れるのは女の方であるという事実からも、それは明らかだ。
・女っぽい女の思考における基本的呪文は「こんなにあなたを愛しているのに」。たまったもんじゃないよ。愛された方は。
・(略)だから、生きがいと訊かれても、答えられはしないのだ。わたしが人生において愛するものは、感覚だけなのである。
・感受性が鋭くてしかも元気でいる、というのはむずかしいもんだね。
・私は感情におぼれないけど、感情のボルテージは非常に高い人間
・感情はとても大切なもので、理性が気づく前に(データがそろう前に)インチキやマヤカシを見抜く力がある。
・孤独に耐えうる肉体の持ち主でないと、奇人として存在できないのではないか?
『いづみ語録』鈴木いづみ
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伊集院静:恋愛可能な年齢ってあるのかな?
山田詠美:自分がナルシスティックな感情にひたれる年齢にいることが大切だと思う。
山田:エロスって自分で意識して語った時点で、消えてしまうようなものだと思うの。
井上陽水:なかなかうまいこと言うねぇ。
山田:話さないうち、言葉にしないうちがハナみたいなとこがあると思うけど、でも、野暮だからさ、みんな、小説に書いたり、詩に書いたり歌ったりするわけじゃない。でも本当はやっぱり“言葉にならないもの”という感じが大切なのよね。この間、宮本輝さんともそう話したの。言葉にならない部分が芸術であって、形に創ろうと努力するのがアーティストなんだろうとね。
奥泉光:有名になりたいという動機はあったってかまわないと僕は思います。問題は、自己表現の欲望と、有名になりたいという欲望のあいだに、もう一つ何かが必要で、つまりそれは読まれたいって欲望。
山田:だからね、自分探しっていうレベルでやられると困るよね。
奥泉:そう。自分のために書く、小説はそういうジャンルではない。つまり、誰かに読ませるために書くもので、(略)もう小説なんか絶対読みたくないという人にもこちらを無理やり向かせて、何が何でも読ませてやるんだという欲望ですね。それは自己表現の欲求とは違う。その欲望が実は一番重要で、有名になるというのは、その向こうにある。
(新人賞の選考委員を担当する際、赤裸々なだけの応募作品には困ってしまう、そこに何か作家としてのフィルターがあるはず、という話のあとに、候補になって落とした人から人形とともに「呪いをかけてやる」という脅迫状が届いたという山田)
京極夏彦:呪いを掛けてやるというメンタリティーのお方は、作家には向かないですね(笑)。
山田:向かないよね。自分を客観視できないんだったら、作家になんかなれない。
京極:ええ。絶対視しないと小説なんて書けないだろうというのは単なる勘違いですよね。
山田:小説書くには、冷静さと客観視が一番大切だと思う。
京極:最初の読者って作家自身ですから、読者になりきれない場合ってダメでしょう。
山田:ダメだよね。書いてるそばから読者にならないと。家族の破綻とか自分の不幸がそのまま小説の題材になることが嫌なのね、何となく。
京極:家族の再生とか自己の救済とか自分探しとかいうテーマ。
山田:うん、私、アイデンティティー探してるひと、嫌いなんですよ。
京極:そうそう。じゃ、探してる自分はどこにいるんだよって。落語ですね。
山田:(彼女の小説の主人公ヤスミンが)全部クールにしているからこそ、オセロ・ゲームじゃないけど、一個こういうふうにひっくり返れば全部ディープなものに変わってしまって、色が変わってしまうというような部分も残しておきたいなと思ってた。(略)
佐伯一麦:ヤスミンだけが無根拠を生きているわけね。
山田:みんなそれを理由づけしたがるでしょう。私がこれほど愛するのは、あなたのためだとかね。でも、それは全部欲望から来ている。誰かに対して何かをやる時に、あなたのためにやっているんじゃなくて、私がしたいからやっているんだという、能動的な姿勢。こんなふうにドラマが起こってしまうのは、私がそれに立ち会いたいからだというようなところを書きたかった。
『山田詠美対談集 MEN AT WORK』
※1998年、この頃はまだ、いつか自分も小説を書きたい、書けるかもなんて思っていたのかもしれない。しかし、エイミー! なつかしい。愛について、彼女の小説からどれだけ学んだかわかりません。
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・(彼と一緒にいて何を感じるかがわかれば、彼があなたに与えているものがわかるという話)つまり、あなたにとって必要なのはソウルメイトもどきの彼ではなく、「自尊心」であり「自分自身の強さ」なのです。
心理学者ユングによれば、相手の性格の中で一番魅力を感じる部分が、その人自身が取り組むべき課題なのだそう。
・ソウルメイトに出会う過程に、すべてのものを失う。これは「ソウルメイトとの出会い」を象徴しています。
『ソウルメイトと出会う方法』イヴァルナ
※散々自分の中で凝ったテーマですが、しかし鈴木いづみのあとにこういう文章を読むと、ものすごい薄っぺらい印象になってしまいますね。
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・もしかしたら、料理だけでなく、どの職業でも若い人の中には「これでいいのか?」と迷っている人が多いのかもしれません。
ただ、そういう人はきっと、意外と飲み込みが早いだけなのではないでしょうか。やってみたらできてしまうから、だからかえって行きづまるのではないでしょうか。
(略)つまり、小さい頃から何に関しても器用にできなかったからこそ、自分なりに長いスパンでひとつのことをやってきたという気がします。
『調理場という戦場』斉須政雄
※港区三田のフレンチ「コート・ドール」オーナーシェフの仕事論。『アロマフレスカの厨房から』なども読みましたが、料理人の方の話は非常に興味深いです。いや、料理に限らないのか。一つの道を極めた人の言葉に心打たれるってことですね。
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・引っ越す前に蔵書の三分の一を古本屋に売ったが、それでもまだ十分でなかったらしく、収まりきらない本が床に山を成していた。本棚に並んでいる本は見た目も美しく量も少なく感じるが、ひとたび本棚から出すとかさばって眠った人のように重くなる。本にエネルギーを吸いとられていくようだった。
・その男は紳士然としているが、隙がなくて窮屈な印象を与えた。人好きのしない人物だった。全身に張りつめたような緊張感があり、他人が近寄ることを無言のうちに拒んでいた。(略)その人はビジネスの成功者にしては奢ったところのない謙虚な人物だったが、几帳面すぎて話しているうちに呼吸が十分にできないような感じになった。神経をピリピリさせているのに、相手にそれを悟られまいと気を張るから、余計息苦しさがつのる。
・(略)芝居の途中でいきなり幕が下りてきたような感じだった。感情がうまく言葉にならずに口の中で足踏みをしていた。(略)時計を見ると、来てからもう二時間以上たっていた。ほんとにそんなに長いことここにいたのだろうか。だれかが知らない間に、足もとからそっと時間を運び出していったようだった。
『図鑑少年』大竹昭子
※一冊しか読んでいないけど、この人の視点と文章、独特で好きなんです。いまプロフィール読んだけど、写真家たちの肖像を描いたという『眼の狩人』、興味あり。忘れずに。