今思えば、あれが予感のようなものだったのかもしれない。いつもと何も変わることのない春のある日、保育園にカズを迎えに行ったその足で、初めて寄り道をした。小さな公園で、「ママ見て!」と言いながら何度もすべり台を滑り降りるカズを眺めながら、「こんなふうにこの子と2人きりで過ごすのも、最後かもしれない」とぼんやり思った。カズの姿が鮮明に写るわけもないのに逆光に向かって携帯のシャッターを切ったことを覚えている。
その夜、私とカズはいつものように2階でテレビを見ながら食事をしていた。カズの好きな「ナニコレ珍百景」を見終わり、食事を先に終わった私が「クイズ雑学王」を見ながら寝そべっていたとき、突然、股のあいだが濡れた。
尿漏れかなと一瞬思ったが、びしゃっというその勢いは初めて経験するもので、「あっ!あっ!」とこちらが躊躇する間もなく新しい水が次々とあふれ出してくる。
破水だ、と直感した。
カズに「ごめん、ママ赤ちゃん生まれるみたいだから病院に行こう」と言ってテレビを消し、トイレに行ってナプキンをあてた。ダーにメールするが、返事がない。出産時に履こうと思って買っておいた可愛い靴下が見あたらず、うろうろする自分を、「こんなときに、こんなくだらないこだわりを! 馬鹿みたい。でも、らしいな」と思った。火の元などを点検して家を出る準備を終え、玄関で靴を履いているときにダーに電話をするとつながった!
「これからカズを連れて病院に行きます」
タクシーを拾おうとバス通りに向かって歩く間にも、股間から流れ出す水は止まらない。もっと何枚もナプキンをあててくるんだった、と後悔した。「こんばんは!」、酒屋のおじさんが声をかけてくる。こんな夜に子どもの手を引いて、膝を閉じたままモゾモゾと歩きにくそうにしている私を不思議そうに見ていた(でもきっとあとで気づいたと思う)。
通りを渡り、タクシーを拾う。私が先に乗り込み、カズがやっと座ったかなというところで、「ドア閉めますよ」と運転手。「あーーーーーーっ! 手が!」と絶叫する私。カズの指がドアにかかったまま、閉められそうになったのだ。本当に危なかった。たぶん運転手さんも、お腹の大きい私の尋常ならぬ様子を見て、先を急いだのだと思う。それはわかったし、とてもいい人だったので、シートが濡れないように腰を浮かして日赤へ向かった。先の事件のお詫びのつもりか御祝いのつもりか、運転手さんは20円のおつりをオマケしてくれた。
救急で受付を済ませ、助産師さんの到着を待つ。車椅子に乗せられて移動する私にぴったり寄り添ってカズが病院の廊下を歩く。ずっと不安そうな顔をしていたカズだったが、助産師さんに「何歳?」などと聞かれ会話するうちに、少し緊張がとけたようだった。
(以下続く。次回アップはいつになるかわかりませ~んが、必ず書きます)