タキソの嘔吐・吐気止めとして飲み始めた錠剤デキサメサゾンの副作用が出ているようだ。いきなり、夜、眠れなくなった。
朝、洗面所で私と同じFEC→タキソを経験している先輩Nさんに会った。タキソの副作用で足の爪が剥がれたり、しびれがひどく、3日間、車椅子生活になっことは知っていたが、よく聞けば、今の私と同じく、足裏がヒリヒリして焼けるように痛む症状もあったそうな。「あれはヤケドと同じ。私は家では足の裏を氷で冷やして、歩かんかった」。皮膚科を受診し、処方してもらった軟膏を塗ったら、ひと皮ぺろっと剥けたあとに治ったとか。有益な情報を聞いた! こんなこと、医師も看護士も教えてくれなかった! やっぱり私は、脚力の衰えを恐れて一生懸命歩いたりすることで、かえって悪化させていたんだな。しかも、スキンケアのつもりで毎日バイオイルを塗っていたので滑りがよくなって、ただでさえ敏感になっている肌の表面を余計擦ることになっていたのかもしれない。
朝食はまたロールパン、サラダ、スープを食べてしまった。今日はポタージュじゃなくて残念! ゆで卵についていた塩は宮城県で加工されたものだった。全国病院用食材卸売業協同組合。学校給食同様、病院食がヤバイとは聞いていたが、後で調べること。
午後、2回めの入院の時に同室だったFさんが見舞いに来てくれる。手作りのクレイシルバーアクセサリーをお守りにと、いただいてしまった。互いに癌によいという食品やサプリの情報交換など。食堂はパンダママやミィ姉さんや新人さん、別のテーブルでNさんや今日から入院の人気者Aちゃんやその友人のMちゃんやらがワイワイお茶を飲んでいて、とても賑やかだった。
そう、ここはまさに女子高の寮なのだ!
外来化学療法室の見学が入るかもしれないと言われたのでベッドで目をつぶり休みながら待ったが、呼び出しは来なかった。
18時に食事のトレーを持って、食堂へ。大分出身のAちゃんが唐揚げを買ってきてくれたらしいので、ご馳走になる約束を風呂場で会った時にしたのだった。
恐らく一緒に食べるだろう仲間は誰もまだ来ておらず、余命告知された可愛い若いママが一人で食べていたので、彼女と話しながら待った。
結局、ボスNさんを筆頭とする昼間のお茶グループの面々に、私と可愛いママとが混ぜてもらう形になった。5人で食べる。
唐揚げの前に、Aちゃんが「これたべてみて!」と勧めてくれたのは、なんと豚の尻尾の唐揚げ! Nさんが持ち上げたらまるで生きているかのようにグニャリと曲がり、「きもちわるっ!」。皮が固くてお世辞にもおいしいとは言えなかったが、トースターで温めたら脂分がコラーゲン状になって、なかなかの美味。唐揚げは、肉も、味付けも、美味しかった。唐揚げが有名な大分ではなく、朝倉で買ったとのことだったけど十分です。
3人が仲良しなので、彼女たちの話を聞いているだけで楽しい。前回の退院日に、Aちゃんが廊下を駆けていて、右手にウィッグ、左手にお菓子を持ったまま、派手に転んだことは本人からメールで聞いていた(「子どもか!ちびまる子ちゃんか!」と返信した)。すごく痛かったけど、彼女は妄想恋愛中の担当医♂に見つかるのが恥ずかしく、Nさんの部屋に逃げ隠れたのだが、ダンナと看護師に発見されたそうだ。「もう!掃除のおばちゃんにまで大丈夫?って言われちゃったんだから~」と言ったAちゃんの言葉を受けて、Nさんがすかさず、「したら、“おばさん、よく磨いてますね~”って言わな!」と突っ込んだので、私、大爆笑。うまい!
お開きの時も、ちょうど保険の見直しが話題になっていたので、「保険の窓口、いつ行こうかな~」と何気なく言ったAちゃんに、Nさんが「いつぅ?」と聞き返し、直後、全員がしゃっと腕を前に振り出し、「今でしょ!」と言った。あまりに見事すぎて、私は「最後、きれいに落ちましたねぇ」と感心するしかできなかった。
最近つくづく、ここは西日本だと思う。マジメなことを真顔で言いっぱなしじゃダメなのだ。最後に落として笑わないと! いいな、いいな、私は速く鋭いツッコミを得意としてるけど、最後のオチまでできたら、人生が数倍も楽しくなりそうだ。
福岡の人は、人との距離が近いと感じてきたけど、もしかしたら笑いの要素が大きいのかもしれない。Twitterで知り合った、福岡に来て初めて出来た友だちのハリーも、彼女の話に私が笑ったら、「ま、そこ笑うとこなんだけどね」ってネタであることを告って2人で大笑いしたし、転校したてで初めてカズのママ友の飲み会に参加した時も、みんな冗談やボケツッコミばっかり互いに言って笑ってて、その中にいる私は、本当に温かく迎え入れられたと感じられたし。
私は、既に仲良くなったり、サシであれば相手を笑わすこともできるけど、自分に近づいてきそうな人を、会話を自ら切ることで遠ざけてしまう癖がある。それは、「私なんかと話していても、楽しくないですよ」というコンプレックスから来るものなんだけど、相手にとっては話したくないという態度にしか見えないだろうし、でも、コミュニケーションって自分が喋るだけじゃないんだよね。今日大声で私が笑った時、Nさんすごく嬉しそうだった。相槌を打つ、話に笑う、それだって相手を幸せにする、立派な仲良くなる方法なんだ。というか第一、自分に関わる人間の感情にまで自分がすべて責任を持つ必要なんか全然ないのだ。自分は常にありのままでいい、どう感じるかは相手が決めること。
夜、6月の結婚式絡みで懐かしい先輩からメールが来て、「6月までに髪が生えるといいんだけど…」と書いたら、「髪がなくてもサカ○チは可愛いから大丈夫!」と返信が来て、涙が出た。
私は病気になってから、本当にたくさんの素敵なプレゼントをもらっている。出会えた皆、ありがとう。
就寝前、『アルゼンチンババア』の続きを見る。実はこの映画、冒頭で主人公の母親が癌で死ぬのだ。ベッドの上に横たわる、痩せこけて帽子をかぶった母の腕から手にかけてがアップになるのだが、腕は点滴の針の跡だらけ。爪はキレイだったが、ここは、凸凹で欠けたりしてたほうがリアリティがあるのになぁなどと思ってしまった。その後、母親は亡くなるのだが、映画の後半で、娘が、妻の死を受け入れられずに逃げていった父に、「私、毎日、どんどん小さく汚くなっていくお母さんを見るのがつらかった。早く死ねばいいのに、と思ったの。私がお母さんを殺したの!」と号泣するシーンがあって、これはきっと重病人を看る者の本音なんだろうなと思った。母の死後、父が恋して子どもを孕ませてしまったアルゼンチンババア・ユリの言葉もよかったな、「私は生かす、この子の未来を。私が死んだって。…自分の命は、自分のためだけにあるんじゃないの」。私も同じ。たぶん移住しなければ、癌になることはなかったと思うけど、ひとつも後悔はない。どんな手段を使っても、命をつなぐのだ、未来へ。