保育園お休みの昨日、またまたカズに手伝ってもらって、文庫の整理を半分くらい終えました。ゴールは近い!
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私は、とても沢山泣いたが、それは、麦生との別れが悲しいからという理由より、あんなに愛した男の体を何故、飽きることができるのかと、自分を情けなく思う気持からだった。
『蝶々の纏足』山田詠美
※別れの涙はたいてい、相手を思ってとかいうより感傷に浸る自己憐憫だ。それに気づいてから私は、終わったことは瞬時にきれいさっぱり忘れられるようになりました。いつまでも後ろを向いてウジウジなんて時間がもったいない。
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正直に言って、私は自分が死ぬことなど少しもこわくない。けれども、後に残された人々のことを考えると恐怖で体が震えます。私は、その時、生まれて初めて責任という言葉を噛みしめました。私は自らの手で自分を消してしまおうと決意した時に、責任という足かせの存在に気づいてしまったのです。私は、ただの一個の人間では無かったのです。目に見えない足かせによって身動きのとれない幸福な奴隷だったのです。
『風葬の教室』山田詠美
※「幸福な奴隷」っていうのがいいですね。エイミー節! 私も日々ブツブツ文句言ってますが、実はそうありたい。いや、そうだと思ってます。
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たまに日本で自分の身の上に起こるラブアフェアは、恋人を執拗に追いかけたりしないための丁度良いブレーキの代わりだった。
『フリーク・ショウ』山田詠美
※そんなふうな恋愛をしていた時期もあるような気がします(忘れたふり、苦笑)。
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中沢:結婚の美徳というのはそのことだね。自分勝手な部分を抑えるでしょう。これしたい、あれしたいと自分のエゴがある時に、まったく違う他人がいるわけじゃない。どんなに似てたって。その他人にはその意志があるし、その人の欲望があるわけだから、その人を大事にしなきゃいけないと思ったら、合わせていかなきゃいけないわけでしょう。それはぼくにとって、すごい訓練になったな。
もしも結婚しなかったとしたら、自分の幻想とか、想像や欲望の世界の中でたのしく遊べたかもしれないけど、そんなものってたいした価値ないと思うんだ。全然ちがうものを自分の中に取り入れてね、そのちがうものが自分と同じように意志を持っているし、欲望を持ってるし、夢も持ってる存在だって知るところがいいんだと思うよ。協同的なものって、自分をきたえたり、作り直しながら、新しく創っていくものでしょ。いまの世界で、そういう共同の世界の可能性って、結婚ぐらいにしか残ってないでしょう。
『ファンダメンタルなふたり』山田詠美×中沢新一
※ったく結婚って・・・。って感じですね(笑)。私は2度経験しているが、もし何かの拍子に誰かと恋に落ちても、確実に次はないです。紙で縛られている関係より、互いの感情だけで結びついている不安定な関係を選びたい。とやっと今、この歳になって言えるようになりました。
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ピーコ:ブランド品は年を取ってからでも買える。でもお洒落の感覚は、年を取ってからじゃ身につけられないから。
詠美:若いときに無理をしてでもおいしいものを食べておくと、高給割烹でもまずいものはまずい、居酒屋でもおいしいものはおいしいって判断つくようになるよね。その意味では、確かにおしゃれは味覚と似ているかも。
『ファッションファッショ マインド編』山田詠美×ピーコ
※経験はお金に替えられないと若くない今も思ってます。だからいつになっても貯まらない(笑)。でも、いいの。
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・(向井千秋さんの)“みなし子一人旅”性格が普段の日常生活にどういう影を落とすかということを正確に伝えるのは大変難しいが(略)。私ほど、妻から根本的には何も期待されていないと感じてラクに生きている夫というのも珍しいと思う。女房は、まわりの人に過度の期待をかけないで、結局は一人で生きているのだ。(略)信じられないくらい、ものにこだわらない。常に一人旅の途中なので、よけいなものを必要としないのだ。
・私は、“人間とは弱いものだ、脆いものだ”ということを正直に認められる社会こそが成熟した社会だと思う。すべての人間が弱いわけではない、すべての人間が脆いわけではない、と主張する人には言い方を変えよう。“助けを必要とするなら、だれであろうが、どんな職業の人であろうが、それを受けるのは決して恥ずかしいことではない”と考えられる社会こそが成熟した社会だと思う。そして、そうした成熟した社会は、“助けを必要としている人がだれであろうが助けようではないか、我々ができることをやろうではないか”と考えるのだ。私は、ここに感心した。
『君について行こう』向井万起男
※ユニークな外見ばかりが印象に残っていますが、著書を読んで、とても聡明で素敵な方だと思いました。って、小学生の感想文みたいですが。
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前世で幼くして死んだ人は、今生で親子の中が悪いことが多いのです。そういう人は前世で親の愛情のありがたみも、どれだけ親を悲しませたかも知らずに生まれてきているので、わがままです。そして、好奇心が旺盛で、臆病なことも特徴です。
『幸運を引きよせるスピリチュアルブック』江原啓之
※これは割と最近の本ですね。話題のスピリチュアル系は、いちおう目を通します。
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「言葉は、呪を盛るための器なのだよ」
『陰陽師』夢枕獏
※本当はこれだけでなく、素敵なくだりがいっぱいあるんですがね。「陰陽師~飛天の巻 露と答へて」は、章そのものがよいと大きく頁が折ってありました。
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・人間には、いくつになっても自分の可能性を発見し直すチャンスがある。そしていくつからでもそれは始められると言うことを感じます。彼女(彫刻家ルイーズ・ネヴェルスン)は、「人間にはみな可能性があって、それをちゃんと育てないことは罪悪だ」と言っていますが、すばらしい言葉です。
・(岡本)太郎さんはいろいろなことを話してくれましたが、その中に私がこれだけは忘れないという言葉があります。それは「芸術家は分かれ道に立ったとき、あえて危険な方を選び取る」というものです。
オキーフも「私の生活は刀の刃の上を歩いているようだ。あっちへ落ちるか、こっちへ落ちるかわからないけれど、好きなことをしているならば落ちたってかまわない」と言っています。これもすばらしい言葉です。だいたいなにかを得ようと思ったら、平坦な道を歩いていてはだめなのです。
『寂庵だより』瀬戸内寂聴
※オキーフ、本当に「刀」って言ったのかなぁとくだらないことを考えてしまいました。ナイフでよいのでは?
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私は長い間、人間は何のために生きるのかと考えた時、自分の中に生まれながらに与えられている才能の可能性を、この世で許された時間に、出来るだけ、幅広くのばしてみることではないかという考えになっていました。
『寂庵説法』瀬戸内寂聴
※上記と同じようなことが書いてありますね。別の本で同じような内容の頁を折るということは、私もこの考え方に強く共感していたということでしょう。
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自己形成のプロセスが違うということは、いわゆる「普通」の人々のものの味方と、どうしてもズレが生じる。そして「変だ変だ」といわれつづけると、おのずと自分の考え方やものの見方に自信を失う。一体、「普通」って何なのだと思うようになってから、私は自分の視点を隠すようになった。そして「普通」と称されているものをひたすら見ることに努めるようになった。
『ハイブリッドな子供たち』宮迫千鶴
※私は自分のことを至って「普通」だと思っており、それがコンプレックスなんだと言ったら、高校時代の親友から「自分で普通だと思っていること自体が変だ」と言われたのを思い出しました。
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これを大家さんに渡したら死んでしまおう、と思いながらふと、今度は、明日、外出するとき、着る服をハンガーに吊しておかなくちゃ、と思い当たりました。(略)
私は、これだ、と思いました。明日生きるためには、明日の準備をすればいいのだと。
人はだれでも、そうやって、一日一日のちょっとした用事のために生きているかもしれない。そう思うと、私はなんだか気が楽になりました。
死の誘惑は、じっと動かないまま絶望の中にドップリ浸っている時に一番近づいてきます。要するに、動かないことが最も危険なことなのです。(略)
(47歳 女 クリーニング工場)
『人生学校 幸せを呼ぶ生き方の秘訣124人の提言』宇野千代
※宇野さんによる、いろいろな人の人生訓のようなもののまとめ。
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母親は本能でなれるけれど、父になるにはおのれを律して理想像に向かうようにしていくのね、きっと。
私は本能で生きるけれど、大人の男は理性で生きる、っていうのね。
『せずには帰れない』島村洋子
※母親になった今では、母親は本能でなれるものだと全然思っていない。先輩から言われた通り、子どもと一緒に成長してだんだん母親に「なっていくのだ」と感じています。
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ある出版社のOLだった私は、よく心の中で呟いたものだーーー(この世の中には2種類の人間がいる。「毎日がおんなじ」ことに耐えられる人間と、耐えられない人間、とだ)
『ウテナさん祝電です』中野翠
※中野氏は、自分は耐えられない人間だと続ける。当時は気づかなかったけど、私も同じタイプだと今になって思う。高校時代から、わざと行く時間やルートを変えたり、授業サボって川辺であんパン食べたり、渋谷出てブラブラしたりしてたもんなぁ。あ、でも、ちゃんと勉強はしてました。だから余計、タチが悪い。
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『青春絶望音頭』富岡多恵子、『ラストシーン』岸田今日子は、折れ頁が多すぎて生き残り。
尊敬する著者としてどうしても捨てられないのが、武田百合子、向田邦子、千葉敦子、ナンシー関、伊丹十三、岸田秀、夏目漱石、谷崎潤一郎など。逆に、全冊揃えるくらいハマッていたのに今回ほとんどを処分する作家が、宇野千代、瀬戸内寂聴、森瑤子、村上春樹、山田詠美、中島らも、椎名誠、田中康夫、町田康、柳美里、川上弘美、江國香織、山本文緒などなど。これらは飽きたというより卒業という感じ。三島由紀夫、志賀直哉、田山花袋、内田百など、純日本文学を処分するのはしのびない。でもたぶん、99%もう読まないから。太宰治の『人間失格』だけはカズに薦めようかなと思い、とってある。海外モノでは、D.R.クーンツとか読んでいて驚いた(全然忘れてた!)。海外作品は、翻訳の文章に違和感があったりして選ぶのが面倒で、ロシア文学等の古典以外あまり読んでいません。でもお気に入りの訳者がいたような気がしたが、すっかり忘れてしまったなぁ。