コトノハマニア

言葉を紡いで生きていく

20190311(水)

またまた先輩二人が休み。

でも昨日頼まれた別の倉庫の用具チェックがあるので気が楽だ。暇だというN氏に手伝ってもらって、終日昨日と同じ作業。そして埃だらけの倉庫を二人できれいに掃除した。

N氏が昨夜ライブハウスに行って寝不足だという話を聞いて、「マジか~、このご時世に信じられん!」と思ったが、それを聞いたので体育館の窓も倉庫の窓も全部開け、換気に気をつけながらできたのでよかった。

たっぷり夕方までかかってしまった。朝はめっちゃ張り切っていたので私は途中で飽きてしまい、やり方が段々雑になってきて、N氏に「Kさん疲れてるでしょう」とズバリ指摘されれた。申し訳ないと思いつつ、力仕事と、細かいものを数えるなど根気の要る作業は全部彼にやってもらった。

「こういう根気の要る作業、大嫌いなんですよ」「なんで嫌いなんですか?」「なんで?は?考えたこともないなぁ、うーん、面倒くさいのかな、途中で飽きちゃう。小さいブドウあるでしょ、デラウェアとか。ああいうのも食べるの面倒くさくって」「笑」「それ元ダンナに言ったら、死んだほうがいいと言われたもん。あと運転中信号で止まるのも面倒くさい」「へー、そんなこと考えたこともなかった。だったら高速道路とか好きってことですか」「そうそう。あ、あと、バックで車を駐車すんのも面倒くさい。アメリカみたいにさっと前向きに停められないでしょう日本は」と言うと、N氏に「Kさんの中にはアメリカ人の豪快なおっさんが住んでいるのかもしれませんね」と笑われた。

よく働いたので定時と同時に退社。っていつもだけど。

自転車を停めて家の前から電話をすると、あっくんは今日も外に出ていないとのこと。「歩こう」と連れ出す。片道20分のスーパーまで歩いて夕食の買い物。

退屈しているのだろう、ずっとしゃべり続けるあっくん。暴走族のバイクの音を聞いて、「ああいうやつら信じられん」と怒っていたので「わかんないよあっくんも16歳くらいになったら、ブンブンいわせて走ってるかもよ」と言ったら、「そんなん見つけたらオレ未来の自分に突っ込んでいってバイクごと転ばせてやる!」とコーフンしていた。

夜、弟から母の命がもう長くないというLINEあり。年明けからの病状のまとめとともに。医療スタッフの総見で、数日から数ヶ月とのこと。

妹のようにすぐに会いに行くという発想が出ないどころか、本当に何も感じないことに動揺してしまった。私の中では母は、とっくにいないものになっているのだと改めて。心の中で母を殺さないと私はここまで生きてこられなかった。その戦いがようやく終わるのかという安堵というか脱力感。その一方で、棺の中の母を見たら殴りかかってしまいそうで、ワークショップも受けて、つらかったことも全部思い出しても平気になっていたのに、自分の中にそんな感情が残っていたことに驚いた。

イライラする。お手伝いをして買い物荷物を冷蔵庫に入れた時に、煮物の汁で服を汚したまま着替えなかったあっくんに、「なんで早く言わんの!」とつらくあたってしまった。でもその後、カズと一緒の時に正直に言って謝った。「ごめん煮物はちゃんと言わなかったお母さんが悪かった。あのね、川越のおばあちゃんが死にそうなんだって。それで動揺してて。っていうか、めっちゃ仲悪いから、なんとも思わないことに動揺してしまって・・・」と言った。

そして「二人ともお葬式には連れて行かないからね、わかってるよね」と言うと、私より毎日コロナに関して情報収集しているカズはすぐにうなずいた。というか、私も無理だろう、どう考えても。

布団の中で色々考える。私にできることは、どうか母が苦しまずに逝ってくれますように、そしてあの世ではどうか心配事をせずに心穏やかに過ごしてください、と願うことだけだ。そのくらいの情けはある。そして、疎まれ否定され続けただけで温かな愛情をついぞ感じることはなかったけれど、生んでくれたこと、毎日ご飯作ってくれたことはもちろん感謝している。

そうだ、いま仲良しの受付の女性の振る舞いや言葉を思い出して、「ああ、あんな人がお母さんだったらよかったのに」と思ったときにちょっとだけ涙が出た。