母が死んだ。
昼休みに携帯の電源を入れると、実家から2度電話が入っていて、もしや、と思ったのだが、折返し電話してみると、父は私の仕事について聞いてくるなど、相変わらずのんきな会話。もしかして死期が近いことを知らせるための電話なのかなと、「そういえば、なんかお母さんが具合悪いって聞いたけど?」と聞くと、「うん、具合悪いっていうか、さっき11時頃かなぁ、もう死んだよ」と。
ふーん、そうなんだ。
母の最期と、ここ1ヶ月の様子などを淡々と報告してくる父同様、私も事実だけを淡々と受け止めた。
釧路の母が亡くなったときは、自分自身が具合悪くなるなど(心臓のあたりがものすごく苦しかったのだが、亡くなった後、すぐに良くなった)超お知らせ的なものが来たけど、今回はさすがに何も無かったなぁ、まぁ当たり前かと思った。
葬式はしない、すべてが済むまで誰にも知らせない。自分と子どもだけで火葬する、そういう主義だからというので、「なら言わせてもらうけど、今はコロナのこともあるし、私は行かないよ」と言ったら、「だから来なくていいよ。落ち着いたら寄ってもらえれば」と言ってくれた。親が親なら子も子。いやその逆か。
とにかく私よりしっかりしている弟と、優しい妹がいてくれて助かった。すべてを任せて、私はいつも通りの生活を送らせてもらうことにした。
が、戻って弁当を食べようとしても、なんだかうまく箸を口に運べなかった。もちろん味などしない。少しは動揺しているようだ。
午後は昨日同様、重度の方の運動教室があって、それも普通通りに参加した。今日は風船バレー。風船バレーは元々チームの全員がボールに触れてから相手コートに返すのがルールなのだけど、手足をまったく動かせず自分でボールを打てない人には介助者が一度障がい者の方に軽く当てて、それを1カウントとしていた。なるほどなぁ。ダウン症の人や日常生活の動作がうまくできない人もボール打たせると本当に上手だし、みんなで声をかけあって楽しめる素晴らしいスポーツだとつくづく。事務所では騒々しさを少し疎ましく思うときもある介助者の方々の底抜けの明るさに救われた。盛り上げてくれてありがとうございます。
それでもやっぱり教室が終わると、「心ここにあらず」感は否めない。先輩にだけすべてを正直に言って、明日休ませてもらい、代わりに日曜に出勤させてもらうことにする。体育館の倉庫で会ったN氏にも母が亡くなった旨、話した。
昨日急遽決めたヘナ染め&カット。暇を持て余している、そして髪がボーボーに伸びているあっくんも、一緒に連れて行ってシャンプーカットしてもらうつもりだった。今はいつもの安い床屋さんは不特定多数の人が狭い空間に一緒になるので、連れて行きたくないからだ。それに人にしてもらう気持ちいいシャンプーは、あっくん絶対好きそうだし。
帰宅してあっくんに連絡すると、珍しくカズも付いてきた。3人で車で出かけるのは、ものすごい久しぶり。おばあちゃんが亡くなったことを話し、あそこはちょっと不思議な家系で、仏間に大きな大黒様と恵比寿様とか能面とかがかけられていて本当に怖かった、それに男の人が早死にするとよ(小さな男の子も交通事故で亡くなっている)、おばあちゃんの兄弟も生きているのはみんな女ばかりで、そういえばおばあちゃんが一番若い!姉たちはまだみんな生きているよ・・・と話すと、カズが「へぇ~ねぇねぇ、もっとそういう話ないの?聞きたい」と身を乗り出してきた。
私とあっくんがヘアサロンにいた間、カズは天神の警固神社まで歩いて行っていたそうだ。お店とか覗かないんだね、変なやつ。シャンプーの後、首元や頭をマッサージしてもらったあっくんは、「あー気持ちよかった!また行きてぇな~、早く髪のびないかな」と言っていた。予想通りの反応。
それなりに自宅からは遠いヘアサロンなので疲労困憊。夕食を作る気力がないので、アバシでカレー&ナンのセットを2人分テイクアウトして帰った。予算的に、私だけファミマのジューシーハムサンドと発泡缶ワイン。
哀しみはもちろんないけれど、長い戦いが終わったような虚脱感に襲われ、ものすごく疲れた。夜、N氏から「お母様のご冥福をお祈りします」というLINEが来て、「そーゆーの要らないから!マジで!ったく!」と思ったが、その後、すごく彼らしいなと素直にありがたく思った。