コトノハマニア

言葉を紡いで生きていく

処分本メモ4

天気が悪いので1日家。あっくんを床に這わせながら、カズに手伝ってもらって、書籍の整理をほぼ終えました。やっぱり残すの30冊は無理だね、「料理」「フィンランド」「芸術」「小説・エッセイ」「音楽」「整体」「スピリチュアル」「働き方」「企画」「コピー」等の興味あるジャンル毎に5冊くらいずつ残っている。でも、随分すっきり。

本の整理をして買い物しに家を出たら、港区民限定でアンケートを募っている人に声をかけられ、大変そうだから協力したら、立ち話わずか3分で図書カード1000円を謝礼にもらったという事実。カズは「あの人、何度もありがとうって言ってたね」と言った。

で、処分する本のメモ。今回は1冊あたりの引用量が多い。怒られそうなので、コメント記しておきます。
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〈人脈に恵まれない人〉
1.自分の意見のない人
2.つるんで行動する人
3.腰の重い人
4.目の前の計算だけで動く人
5.志のない人
〈人脈に恵まれる人〉
1.オリジナリティのある人
2.単独で行動できる人
3.フットワークの軽い人
4.計算より「志」の実現を見据えている人
5.志の高い人
(略)
・相手に何かお願いごとをするときも同じだ。いきなり要件を切り出すのではなく、たとえばまずは、「青いヤツだと叱られるかもしれませんが、ご相談があって。助けていただけませんか?」とひとこと前置きをすることで、図々しいお願いであっても相手に与える印象は大きく変わる。

※伊勢丹のバイヤー、福助代表取締役、セブンアンドアイ生活デザイン研究所代表取締役社長などを経て、株式会社藤巻兄弟社。私がビジネス本にハマるきっかけとなった本。読み終わったあと、熱烈なファンメールを送って本気で会いに行こうと思った。

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・以前、ある有名な演出家から、「あなたとは絶対にセックスしない、という空気を出してる女優となんか仕事したい演出家はいないよ」と言われ、私はまだ女優じゃなかったけどショックを受けたことがある。

・筒井康隆さんが、『着想の技術』で、「惰眠をむさぼるうちに、意識の下から浮かび上がってくるものを小説のヒントに使う」というようなことを書いておられるのですが、蛭子能収さんも、漫画の話を考えるときに、うとうとして夢かうつつかわからないようなところから持ってきて構成すると、同じようなことを描かれているときがありました。
 私も、話を考えているときは絶対に眠ってないとできない。

・「かーちゃーん」
「あー今ちょっと話しかけないで!・・・・・・・・・・・・・・・・・・はいいいよ、なーに」
ってことは結構ある。しかし最近の脳医学では「脳は中断されるほどよく働く」ってのが常識のようで、机の前で集中しようとしている図はぜーんぜん間抜けらしいです。

無自覚な繰り返しは人を傷つける。簡単に言うと、受け手を馬鹿にしてるってことです。

・もと集英社の花見満太郎さんが、「漫画家のアシスタントたちって、徹夜で絵を描いてふらふらで原稿が上がっても、あがったあがった、さあ自分の絵描こうってまた絵描きだすんだよ」という話をしてくれたものだが、そういうことだ。書きたい人は書けと言われなくても書いている。それは、漫画家や小説家という仕事のイメージと全く違う場所で。

・いろんなことに意識的になるのはいいことだ。意識的になる→コトバにする→コトバに責任を持とうとするのでまたさらに意識的になる。いいことだらけです。

※読後、全然よいと思ってなかった本なのだけど、これだけ頁折ってるのが驚き。ちなみにセックス云々・・・の部分は、すごくよくわかります。フリーも同じ。人からモテる人は仕事に困りません。

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・高い自己イメージを持ち、リスクを恐れずクリエイティブに行動すれば、やりたい仕事の『ありか』を教えてくれる宿主に出会えるのです。しかし、そこにたどり付くまでには、経済的に安定しない時期もあることでしょう。それでもあきらめないだけの、「ねばり強さ」と「楽観的な姿勢」が求められます。それができたとき、初めて人生はすばらしく、仕事は生き方そのもの、愛の表現となります。

・結局、すべての体験はその人のフィルターをとおされて、自分の意見に反するものは取り除き、支持するものだけをより分けます。どんな考えをもち、何を選択して、どのような態度をとるかが、他人や物事との関係を作りあげるのです。この関係が印象、経験、フィードバック、命令などの間を行ったり来たりするうちに、自我という名の布が織りあげられていくのです。

・自尊心の低い人が、すべての面で成長して、パワフルに困難を乗り越えるためには、まず、その方法を学ばなければなりません。(中略)一つには本を読んだり、レクチャーに参加したり、勉強して考えながらより大きなことを学んで成長していく方法です。二つ目は、おそらくこちらの方がずっと重要なのですが、困難だと思うことに挑戦していくことです。長い間、自分には無理だとか、必要ないと見限っていた目標に、もう一度挑戦して、困難に直面しなければなりません。こうした人はどんなに小さなことでも、ほしかったものを手に入れる能力をもっていることに、まだ気がついていないだけなのです。

・子供はごく当たり前の成長期の体験(本を読むことを覚える、新しいゲームで遊ぶ、自転車に乗る、ダンス、イジメッ子とうまくやっていくなど)のなかで成功していたら、残りの人生でも成功できると結論づけられるのです。(中略)どんなときでも、子供は自分の出来不出来に関するデータを集め、心のスクラップブックに張りつけていくのです。

・子供のころに自分が人から好かれる、すぐれた人間だと感じた人は、自分の正直な意見や希望を言えることや、好みが何かを考えられること、ほしいものを頼んでも断られないことを学んでいきます。これは非常に重要なレッスンであり、才能なのです。

不安定で神経過敏な人は自分の成長を待つことができません。こうした人は、自分が輝くばかりの理想のゴールをあっという間に達成している様子を夢見ます。そして、自分を磨くことよりも、他人にいい印象を与えられるかどうかに本当の欲望があるために、どれほど早く試練を乗り越えるか、瞬時に変化するかにばかりとらわれているのです。
 時間をかけて問題を解決していたのでは、表面化してくる心の痛みや不快感に耐えられず、それを避けるために、すぐにでも処理する必要があるのです。そして、以前は知らなかった自分自身の性格の一部、陰に隠れた見えにくい自分に直面し、対処しなければなりません。

・心理学者のユングはこう記しました。「(中略)いつも一つのことから別のことへと飛び回っているような、一つの道に専念できない人は、何かに抵抗している人間です。こうした人は疲れすぎていたり、無気力なために、本当にしなければならないことに注意を向けられず、いつも他人の考えや力に依存しているのです。彼らは人生においても責任から逃れ、次第に人生の意味を見出すことからも避けるようになるのです」

・自分の意見をもつよりも、上司の言うことを聞いているほうが簡単です。自分自身をサポートするよりも、結婚相手や両親、子供に面倒をみてもらった方がずっと楽です。自分を定義したり、自分なりのやり方で行動するよりも、他人にレッテルをはってもらったり、人を使って何かをやってもらったり、憎んだり、誘惑することの方が容易なのです。(略)自分の能力を認めてしまったら、今までのように弱いふりをしていられなくなると無意識のうちに考えているからでもあります。(略)自分の才能を認めることよりも、力がないと思っていたほうがずっと楽なのです。そうすれば、他人から嫉妬されることもないし、責任を負わずにすみます。

※タイトルからしてすごくいい本だとは思うのだけれど、何度読んでも、途中で挫折する。ちなみにこれは読了分、前半だけのメモ。
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・それではなぜ、私たちは古いものに一生懸命にすがりつくのでしょうか? 今の現在にあるがままに生きるのを妨げる障害は何なのでしょうか? その障害は、恐怖心なのですーーー自分自身および生命を信ずることができない、ということなのです。古いかかわりを捨てたところで、それより良いものがやってくるものではありません。新しい仕事を求めて、かえって悪い仕事につくかもしれません。自分の疑心を打ち明ければ、自分は傷ついて、他人を失望させることになるでしょう。コントロールしなければならないかのように私たちを偽装させるのは、恐怖心なのです。自由になるチャンスを私たちから奪うのは、恐怖心なのです。

・自分の問題についてちゃんと説明することができないときには、自分がだめなんだと思いやすいし、自分の弱さをでっち上げてしまいやすいのです。子どもをどなりつけておいて、「そう、私はいけない親なんだわ」という結論を出しても、その状況についての気づきは何も得られないのです。こうした言い方では、なぜそうしたのか、どのようにそうしたのか、ということは何も問われません。それはただ、悪いことのまわりをぐるぐるまわるだけで、自分がよくないんだということのまわりをまわっているだけなのです。それは、自分が悪いんだと考えるだけであって、その状況を理解する責任をとるということと同じではないのです。

※これも挫折組。でもたぶん、自分にとって必要なエッセンスは抽出していると信じている。
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・リンダが言うには、「動物は急ぐ本能を持っている。だから青信号が赤に変わる前に急いで渡る」んだそうだ。「私は信号が赤に変わりそうだと、立ち止まって赤になるのを待って次の青で渡る」と言ったら「生きる本能落ちてます」と言われた。

・若くていくらでも食べられたときにはお金がなくて、少々お金が使えるようになると量が食べられないという人生の無常。

・最近、王子の時間のルーズさが自分でも過剰だと思うほど気に障る。(略)私は時間において、王子を疑り始めているんだと自覚。これからの長いはずの結婚生活、それを諦めてゆくんだな、そして自衛してゆくんだなと思った。振り回されないように、気持ちを乱されないように。

・あとはストレス対策。ストレスは風邪のように万病の素なので。
ストレスはなくそうったってなくなるものではないですよ。たとえれば雨でディズニーランドに行けないようなものなので(このくらいゆるく考えろということ)、雨が上がるまでの間、他の楽しいことを見つけて時間を過ごせばいいんです。人間は随分とこの「待つ」ことが苦手でね。生きている間にはみんなが思っているより随分「待つ時間」というのは長いと思うんです。この時間をどういう心持ちで過ごすかによってストレスを軽減できると思いますよ。

『再婚生活』山本文緒
※鬱病を患いながらの著者の日記。シンクロしたのか、読んだあと、めっちゃ暗い気分になりました。小説はとても大好きな作家なのだけれど、手放します。

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・かえって、がんばったりしないで、リラックスして待っていれば、うまくゆくものを、悲しいかなじたばたするから、よけい窮地におちいっちゃったりして。とはいえ、じたばたしなければ、何にも解決しないってこともありますよね。だから人生は面白いんです。
 要するに、じたばたしてもいい、じたばたしなくてもいい、どうでもいいということです。現状に満足している時は、ゆったりとリラックスして、時の流れを楽しみ、現状に不満であれば、じたばたあれこれやってみましょう、ってなことになります。さとってくると、もう何もがんばらなくてもよくなります。

・虹を見るということは、ある段階を卒業したというサインだそうです。だから、何か苦労があったり、悩んだりしている人は虹を見たら喜んでください。苦労も悩みももう卒業ですから。このように自然現象からサインを読み取ることは楽しいものです。

※スピリチュアル系の翻訳で有名な訳者の本。飄々としている文体がいいですね。ビニールがけの装丁もかわいかったけど。

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・私には母が、父のためだけに生きてきたような印象があって、後悔はないのかと母に聞いたことがある。
「でも面白かったしねぇ」
との回答だった。
「もし結婚したのが俺じゃなかったら、あんたぜったい途中でいやになってたよ」
と、父は母にのたまったそうだ。
「どう思う?」
と訊いたら、
「案外そうかも」
と、母は答えた。

・呼んだーーーといっても、自分の中ではそれはただ歓声を上げたのに等しくて、だから夫がすぐに「どれどれ」といってあらわれたのは意外だった。そしてただそれだけのことで、自分が急速に充足していくことにいっそう驚きながらーーーそのとき私は、私が実際ファザコンだとしたら、求めていたのは父に似ている男などではなくて、父から与えられなかった「父」である筈だと気がついたのだった。

・《・・・何を食っても腹一杯にさえなればいいという思想こそ、金さえあればうまいものが食えるさ、という鈍感なくらしと共通する、もっとも遅れた貧しい考え方なのです。・・・つまりうまいものを食うというのは、人間の内容をよりゆたかにするために開拓し、努力することなのです(略)》(「美味について」)

・あるべき父親像を、父は持っていなかったのだろう。雪雄というはちゃめちゃな男を父親にして、まともな父親の雛形を持たなかった、というよりは、「まともな父親」というものへのスタンスが、何か非常に屈折したものであったのだと思う。
 家庭が安定していなかったのではなく、家庭に、父が安定していなかった。

・逆に言えば、私が小説を書きはじめたことで、父はようやく、私の「父親」になる方法を見つけたのかもしれない。

・読了することが幸福なのではなく、読書している時間が幸福であるような小説。
私はそういう小説を書きたいと思っているが、私にとって父の小説は、そういうものだった。

※タイトルにやられましたね。父と娘の関係ってのも個人的に興味あるし。もうちょっと明日ぱらぱらとめくってみて、この本はもしかしたら、手元においておくかもしれない。

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・「ということは、もし、他人を非難するとき、私たちは本当は自分を非難しているのよ。他人も自分も同じということよ」

人間の真の勇気とは、自分の情熱に従う能力である。(略)もし、自分の感情と平和な関係を保つことができさえすれば、人を殺すように操られることはないだろう。

・「(略)恐怖を追い出そうとすると、それは自分に戻ってくるよ。すべてのエネルギーは、それを発した人に戻ってくるからだ(略)」

・「おまえがイスラム教に興味を持つのは、このカミーノでムーア人の少女だったときの体験から来ている。その視点から、今日の世界のイスラム教原理主義に対するおまえの不安を考えてみるといい」(略)私は、イスラム教が世界の大破壊をもたらすという予言を読んだことがあった。ノストラダムスからエドガー・ケーシー、そして、ヨハネの黙示録の解釈に至るまで、イスラム教の存在を現在の世界の終焉と結びつけている。そんなことがあるのだろうか? 

・第四次元に焦点を合わせられるようになると、人はラベンダー色や紫色の神のオーラを見始めるというのだ(ラベンダー色や紫色は王冠のチャクラの色である)。

『カミーノ 魂の旅路』シャーリー・マクレーン
※著者が実際に「カミーノ」と呼ばれるスペインの巡礼路を歩いた時に遭遇した様々な出来事と思考の記録。が、残念ながら初期のようなインパクトはなく。というか、「アウト・オン・ア・リム」以降、それ系の本を読みすぎたんだよね。食傷気味の頃に読んだのがいけなかった。でもそれもそういう縁。

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・何かを望んであげたほうが謙虚で親切なんじゃないか、と思うこともある。望んであげられれば、相手はそれにこたえるか、こたえないか、を選ぶことができる。何も望まずに愛してしまったら、相手はどうすることもできない。これは究極の暴力だ。
 無償の愛なんて、私には全然尊くない。

・ずっと一緒にいてくれるし、この先も死ぬまで一緒だろうけど、でも、本当に愛しているかどうかはわからないというのは、悲しい。
 極端だけれども、他にも女はいるらしいけれども、私のことがいちばん好きに違いないって信じているほうが、幸福なような気がする。本気でそれを信じてたら。

・言葉っておもしろいの。「自分はこの人を失っても一人で生きていける」ではなくて、「この人がどこかで生きていれば、一人で生きていける」。ふられたら自殺してしまうとか、恋が終わって相手が出ていったら、もう私は生きられないわという意味じゃなくて、その人がいれば生きていかれるような気がするというのが、その人を信じるというより、愛を信じていることだと思うんです。

『恋するために生まれた』辻仁成・江國香織
※辻さんの言葉も頁は折ってありましたが、敢えて書き記すことでもなかったのでパス。それにしても江國さんは、可愛い。でも恋愛したら大変そう、と思う。いつも親友Wと姿がダブります。

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・S.I.ハヤカワという人が書いた『思考と行動における言語』(岩波書店)という本がある。この本によって「人間はものを考えるのは言葉であり、言葉でしかものは考えられない。言語力がすべての思考の基礎である」という言語の重要性を学んだ。

・自主自立とは、自分で考えて納得して行動することですから、それは人に言われるままだったり、権威に訴えてみたり、あるいは、多数になびくということでは駄目だと思うのです。それが自分でものを考えるということです。
 そのためには本を読むことが一番の訓練になります。読書は孤独な作業で、自分で考え進めていくしかないわけです。読み方も、興味本位に面白いから読むというのではなく、学校で課せられた、先生が推薦した本を読むとか、思い切って長編に挑戦するとか、そういうことを意識的にやるのがいい。
 それからもう一つは、人の話を聞いて、それに対する自分の考えを表出してみることです。それで相手との違いを確認して、また先へ進める。そういう表現を重ねて、自分の立つ位置を自らのうちに明らかにしていくことです。
(以降、自分でものを考える力とは問題解決能力だという表記あり。問題を乗り越えるためには必ず考えることになる。そのレッスンが読書であり、ディベートであると。)

※一時期、インターナショナルスクール関連とか、こういう本を読みあさったことがありました。タイトルはうーん・・・ですが、この本は面白かったです。

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