コトノハマニア

言葉を紡いで生きていく

タキソ+ハセプ+新薬 1C/18

面倒くさくて仕方がないことを片付ける日。

保育園では懇談会の後に、子どもたちのマイ絵本を各自数ページずつ作成することになっている。園が用意した手作りミニアルバムの白台紙に、園から渡された子どもの写真を切り抜いたり、小さなシールやフキダシを貼ったり、カラーペンでメッセージ等を書いて完成させていくのだが、私はこういう作業が大嫌い。最近、懇談会に全然行けていないので、「お母さんの体調のいい時に」と一式渡されたのだが、材料をすべて揃えていただいているのに、やりたくなくて放っておいた。

好きじゃないから下手なのか、下手だから好きになれないのか、どうでもいいけれど、どうせ自分の納得行く完成度でなんてできないのだから、意味がないとさえ思ってしまう。

だいたい気合い入れすぎなんだよね、すべてに。そしてすべてにおいて人より優れていないと気が済まないという(そんなことあり得ないのに!)。適当にやって、これでいいやと思うことができない。こういう性格は非常に疲れるし、ガンにもよろしくないと思われ。

なので登園前にちゃちゃっとテキトーにやった。今後は病気を理由にして、すべてにおいてテキトーに生きる。生きてさえいられれば、細かいことはどうでもいいやと思おう。

午前は料理のみで結局何もできず、昼食。

午後は一気に服の整理を開始。カズとあっくんの衣類全部、カズからあっくんへのお下がりが入った段ボールをすべてチェックし、フリーマーケットに出すものと捨てるもの、残すものに分けていく。

以前、住んでいた白金のアパートの大家さんであり、ママ友でもあったMさんがくれた衣類を見て、「きったねー」と思い、涙が出てきた。

悔しくて、ではない。いやもともと大ざっぱな人ではあったけれど、こういう状態の服をくれるということは、うちがかなり経済的に困っていると彼女が心配してくれていたのだろうことがわかったからだ。そりゃそうだよね、一家4人で住むというのに、1LDKの部屋を借りたいと言うのだから、何か事情があると思って当然なのだ。

色々思い出す。そういえば、一軒家からアパートへの引越しが決まってフリマに出店した時、隣の家のオバサンが4000円も出して、ノリタケの皿一式を買ってくれたことを。彼女も「他に何もできないから…」と言っていた。白髪のオバサンも、酒屋のおじさんも、みんな、あったかかった。

私は九州に来てから人の温かさに感動することが多くなったけれど(確かに全般的に、こちらの人は世話好きで人との距離が近いのは事実)、東京にいた時も、色々な人からいっぱい愛情をもらっていたのだと思いだした。

泣いた。

私はこれまで本当にたくさんの人に愛情をもらっていたのに、その時々は感謝しても、すぐに忘れて、自分には生きる価値がないとかそんなことばかり考えていた。だから神様がもろもろ気づくようにと、どんどんエスカレートして、今に至ったのだと思う。よかった、死ぬ間際に気づかなくて。

結局、休憩もとらずに一気に片付けた。あとは入院の準備を済ませれば、ゲストルームが片付く。

カズ帰宅。同じマンションの隣の部屋のクラスメイトの男の子の家へ遊びに行ってすぐ帰ってきた。

あっくんお迎え。車で行って、そのまま木の葉モールへ。今晩のピザ生地用に九州の強力粉を買いに来たのだが、買い物途中で既に疲れてしまい、「麦の木」の無添加食パンを買って、ピザトーストにすることに決めた。気持ちが一気にラクになった。

夕食は、ピザトースト、レンコン&ゴボウのチップス、手羽とじゃがいもとニンニクのロースト、オリーブ、ゴーダチーズ。白ワインを飲みながら作っていたので面倒になって、途中まで作っておいた、かぼちゃのスープは断念した。

酔っ払ったので、いつもは一緒に休む子どもたちに先に寝てろと言い、自分だけロンハーの録画を見て、納得行くまでiPhoneで音楽を聴きまくって寝た。