コトノハマニア

言葉を紡いで生きていく

タキソ+ハセプ+新薬 1C/1

副作用防止の座薬を入れると知ってから、今回の治療で一番心配なのは、恥ずかしながらそこになってしまった。座薬を入れたら絶対刺激になるでしょう。私の体質からして、その刺激で便意を催し、我慢しきれなくなる可能性は非常に高い。便と一緒に薬が出てしまったら、入れる意味がないし…

私が一番不安=ストレスを感じるのは、アウトオブコントロールな事象だとつくづく実感した。せめて尿意とか便意とかを自分で完全に制御できたら、どれだけ日々の暮らしがラクになるだろう。

11時、座薬準備のために来てくれたまだ若い看護師さんに事情を話し、「で、どうしましょう…」と聞いたら、こっちがどうしましょう…みたいな困り切った顔をされたので、もうそれ以上聞かないことにした。

インテバン座薬。私、もしかして座薬自体初めて? 横向きになり、お尻をひゅっと軽く開かれたらすぐ終わりだった。私がイメージしてた、奥のほうまでグリグリでは全然なかったので助かった。

治験の薬剤師さんが今回の薬の説明に来てくれた。抗がん剤と、今回から使用する分子標的薬の違い、起こり得る副作用など。薬の構造から丁寧に説明してくれ、聞き耳を立てていた同部屋の2人はあとで、「ものすごくわかりやすい説明だった。いかにも頭がいい、素晴らしい薬剤師だ」と彼女を絶賛していた。私は話にいちおう相槌は打っていたが、不安と治療をやりたくない気持ちから、どっぷりオチているのが伝わったようで、途中で「なんか今日暗い…?」と聞かれてしまった。「暗いですよ! 今日はもう朝から全然ダメで…。ほとんど喋ってません」と言うと、「ですよね! 前回と全然感じが違うから…」と答えられたのだが、私、前に会ったっけ? その時もきっと、態度だけは違っても後ろ向きな姿勢で、きっと話を聞いていなかったんだろうな、全然覚えてないから。「私がこれから薬作りますから。心を込めて作るんで!」と帰る時に笑顔で言ってくれた。やっぱりいい薬剤師さんだ。

仕事ができるか否かって、その仕事に対して「気持ち(心)があるか」どうかってことよね。この点、反省することしきり。手は抜いたことはないけど、お金のためにと愚痴愚痴やっていた仕事も多々あるから。

逆に、私の担当の治験コーディネーターは同部屋のおばさん(ズケズケ言うので以下:ズケさん)から、「あのデブは心がこもってない。仕事をなめとる! 今まで自分がここで見たスタッフの中で最悪だ」と酷評されていた。以前ズケさんと同部屋だった治験者への対応を見てのことらしい。パソコンであらかじめ調べればわかる投薬開始日などを、副作用で苦しんでいる最中の患者本人に机に両肘をついたふざけた態度で聞いてたとか、会話中の人同士への割り込み方など、ちょっとしたことなのだが、私が病院のシステム上のミスだと思いこもうとしていたことが、やっぱり彼女の安請け合いとか連絡ミスが原因だったのかなと思わせるに足る情報だった。今後、ずっと付き合っていく人なので要注意。

11時40分、ナースステーション横の処置室へ移動する頃、ちょうど新入りさんが同部屋に入ったところだった。軽く挨拶。賑やかな人だなぁという印象だったが、後のこの人が騒動の原因となる。

だいたい個室で投与すること自体が緊張する。看護師さんに言うと、ハーセプチンは特に悪寒や発熱など、インフルエンザ様の副作用を突然起こす人がいるため、酸素マスクや毛布などですぐに対処できるよう、初回だけ個室で様子を見るのだそうだ。

点滴の針を指すのが、いつもの上手だと評判のベテラン先生ではなく、初めてお目にかかる女医さんだった。まずここで不安なのだが、先日味わった血管痛のことを話し、「引き続き、この血管を使って大丈夫なんでしょうか」と相談したら、それは絶対に大丈夫とは言い切れない、漏れることもあるというような答えをされ、ますます不安になる。私の只事ならぬ様子を察知したのか、ベテラン先生に電話して対処法を尋ねている。試してみてどうしてもダメなら手術したほうの右を使うようにと。えーいいのかー? 不安の3乗。

こういう時は往々にしてコトがうまく運ばないものである。なんとか血管を確保して滴下良好となったのに、なぜか点滴を刺した左指の股が濡れている。チェックしてもらったら、点滴が皮膚内に漏れているのではなく、針とチューブをつなぐ部品の繋ぎ目がうまくセットされていなくてそこから漏れているようなのだが、それをセットし直すのに針を動かすから痛い! 思わず手を引いたら、先生に「急に動かさないでくださいね」とやんわり非難され、ムッとする。

生理食塩水(以下生食)に溶かした分子標的薬トラスツズマブ 商品名ハーセプチン(1時間半)→生食(30分)→生食に溶かした分子標的薬ペルツズマブ治験(60分)→生食(30分)。昼食がとれずお腹が空いたので、途中でお気に入りかつ腹にたまるオートミールクッキー食べた。看護師さんが血圧と体温を計りに頻回来たが、ボーッと寝ていた。

15時、部屋に戻り、ぎょっとする。向かいのベッドに男女が同衾していたのだった。さっき入院してきた女性のダンナさん?(途中でさすがに息子さんかなと思い始めた)。その後、男性は起きたが、会話する女性がおしゃべりで、しかも声がかん高く早口で騒々しいことこの上ない。

そして私。いざ抗がん剤投与の段になったら、今度は液が思うように落ちない。若い看護師さんが少々慌てているのがわかる。高さを調整したり、液を注射で押し込み詰まりを取るような対処をしたりしている。なんとか回復したようだが、その後、念のための確認をする看護師さんに聞かれるままに針刺箇所の痛みを少しだけ訴えたら、針を刺し替える替えないの大事になってしまった。結局、漏れたりしているわけじゃないから、このまま行きましょうと副看護師長の判断で決行。投与中はずっと、手先の痺れや爪の黒ずみを予防するために氷に指先を付けて過ごす。副作用止デキサート(30分)→抗がん剤タキソテール(2時間)→生食(5分)の予定。

こちらも向かいのベッドもやっと少し静かになったと思ったら、今度はズケさんが歯が痛いと騒ぎだし、看護師さんや先生に相談をしたり、外出の準備を始めたり、また病室がざわざわし始めた。結局タクシーで片道1時間近くかけて歯医者に出かけた。

18時半、やっと今日の治療が終わって夕食を食べている時、ズケさんが戻ってきた。食いしん坊の彼女、「私の夕食は?」が第一声。タクシーの中がきつかったと言い、ベッドに休んでいた。そのうち、賑やかな新入りさんの友人が入ってきた。この女性が学校の先生で声がまためっちゃ通るのだ。大声で2人が会話し始めた直後、「やかましいっ!」と怒鳴り声。

ズケさんだった。「こっちは具合悪いけん…」。

気まずい空気に、もちろん場は固まり、お友だちは黙って部屋を去っていってしまった(せめてゴメンナサイとひとこと謝れ!)。

日中も何度か自分たちのおしゃべりに興が乗って声が大きくなった時に、治療中の私に気を遣って静かにしようとズケさんが会話を制してくれていたのを知っていたので、つらそうだった食後、恩返しのつもりで彼女のトレーを下げてあげた。

私の行動により仲間はずれ感を味わったのか、その後、新入りの彼女はしばらく部屋に戻ってこなかった。私と同じように感じていたらしいズケさんの愚痴が続く。

「あー、うるさかった! まったく今日は嵐のごた日だった。ここは病院よ、具合の悪い人もいるんだから、おしゃべりしたかったら、よそでやればよか! 『私も明日こんなに(点滴につながれてぐったりしてる私)なりますから』言うちょったけど、だったら今日も静かにせい!ちゅうの。彼女はいまタキソで苦しんどるのに…」

トツトツと喋る優しいお婆さん(以下トツさん)が、聞こえないフリをしている私の代わりに同意していた。私が不在の間もかなり賑やかだったんだろう。

廊下で担当医と遭遇。少しの間、2人きりだったので、「先生に転勤しちゃうの?いつから?」「三月まではいますよ」「私、泣いちゃいましたよ…」「私も寂しいです、皆さんとお別れするのが」という短い会話をした。いま外来で少しずつ患者さんに報告しているが、私以外にも泣く人がたくさんいたそうだ。

その後、副作用か、激しい下痢に襲われてトイレに籠っていたら、トイレ前の廊下で、「先生、ダンナさんの写真見せて!」攻撃が始まった。わー背がたかーい、ラガーマンみたい、どこで結婚式したの、先生ドレス似合う、可愛い! わー見せてみせてー!と私と同じ担当医の患者たちが集まってきて、出るに出れなくなった。こういう女子の集団ノリ苦手なのよ。本当は興味あるのに輪に加われない。いや、やっぱりそれほど興味ないのかも。とにかく皆が騒ぐとクールに振る舞いたくなる天邪鬼なのだ。

しかし、担当外のズケさんもトツさんも私の先生が一番いいと言っていたし、人気者だなぁ、先生!

やっぱり仕事は心よ。どの先生より、心が患者さんに寄り添っているのがわかるもの。明るくてユーモアもあるしね! 思えば、だいたい先生が回るところ、ワハハハと笑い声が響いてる。

あ、私は自分のことばかりで、先生に肝心な「おめでとう」を言えてない!

色々なことを学んで、長い長い一日が終わった。