コトノハマニア

言葉を紡いで生きていく

20121101 21

久しぶりに酒を抜いた朝。寝起きはいいが、気分がいいかといえばそうでもない。

午前、カズの学校の音楽演奏会を見に行く。相変わらず子どもたちの元気な歌声は素晴らしくて、感心して聴き入っていたら、合奏になり、一番後方の列にいてリコーダーを吹いていたはずのカズがいない!

あれ?どうした?なんだ?トイレか?と瞬間思い、「違う!もしかして落ちたんじゃ…?」と気づく。あの高さじゃ再び自力で上がるのは大変なはず。ハラハラしていると先生のような人が舞台袖から走り寄って来て、やがてカズがのっそりと姿を表した。

痛そうだが、演奏を続けようとしているので、怪我はなかったようだ。それにしても、やってくれるよ…。本番の弱さというか間の悪さというか、無事だったこともあり、なんとも言えない脱力感。

今日締め切りの原稿。昼は玄米を炊いて、味噌汁とお手製ふりかけと、梅干しと。

15時過ぎから時間ができたので、色々考えてしまう。自分のダークな面に向き合うのが嫌で、気持ちが整理できない。そんな混沌の中でただ一つわかったのは、私の嫉妬の対象だ。つまり、自分がこの世で何を一番望んでいて、それが手に入らないがためにギリギリとした思いでいるのかが、よくわかった。

料理も得意じゃない、手仕事も好きじゃない、子どもに優しくない…本当にダメな母親だ。今思えば唯一誇れるものが健康であったのに、それも失くして、アイデンティティを支える仕事も病気に付随して失くなって、自分には何の価値もない、本当に生きている意味などないように思えてきて、自己嫌悪の沼にどっぷりハマってしまう。

何もする気が起きないままFacebookをたらたら読み、ののちゃんの写真集出版に関する報道記事を読むうちに、「避難してる人も避難してない人もみんな傷ついている」という文章に当たり、これだ!と思った。

避難したからハッピー!でジ・エンドじゃ全然ないんだよね。みんな東京や故郷にいる残してきた人のことを想っているし、どこか後ろめたい気持ちを抱えている。もちろん私も同じ。今思えば、母子だけで仕事も育児も全部一人でやって本当に大変だったのに、それは自分が選んだ道だからと、ネガな感情は封印してただ前向きに生きてきた。ダメな自分ばかりに目をやって責め続けた。でも、違うんだ。

みんな、傷ついてる。

私に必要だったのは、寄り添う気持ち。大変だったね、つらかったね、って自分に言えなければ、子どもをはじめ、誰にも優しくすることはできない。

夕方、そんなことを考えながら泣いて、ちょっと抜けた感。

夕飯は、冷凍鶏肉をミンチにして、そぼろ。小松菜、ひじきとツナのサラダ、キャベツとワカメの味噌汁。私は玄米と、牛肉とゴボウの煮物と子どもの残りつまむ。食後は、くるみにハチミツをかけて。昨日はさつま芋が残ってたので、大学芋を作って食後に食べたのだった。

夜、「危ないからやめな」と何度も言ったのに、あっくんがバランスの悪い椅子でふざけていて、頭がカズの鼻に当たり、鼻血を出す。その後、今度はカズの手があっくんの頭に当たり、泣く。「アホか! だから言ったやろうが!」とめっちゃキレて怒る。

就寝前、肺が痛い。咳のし過ぎ?