コトノハマニア

言葉を紡いで生きていく

ハセプ治13C/07+ホ36

木曜日。午前、ギリギリまで仕事をして、空港へ父母を迎えに行く。

生気がなく痩せこけた母の顔を見て、瞬間ぎょっとする。話したら普通だったけど、ぱっと見は明らかに精神を病んでいる人だった。

早速、地下鉄に乗る前に、「(持ってきたはずなのに)Suicaがない」と母の主張が始まった。長財布を開けて調べているのだが要領を得ないので、父が代わって探す。「オレは人の探しもの見つけるの得意なんだよ」と怒るでも焦るでもなく、飄々とした体。その父の様子で、こんなことは日常茶飯事だとわかる。いつもこんなふうに母の探しものに付き合ってあげているのだ。そう、思い出した。父はいつでもそうだった。失敗した(する)人を決して責めることはない。父の優しさに、泣きそうになった。

電車の中で何度も母から、カズは何歳になったのか、あっくんは今日保育園なのか、と聞かれたが、弟と妹から予備知識を仕入れていたので、すんなり受け入れられた。「カズは友だちの誘いを断りきれなくて野球に行った」と言うと、「カズくんは優しいから、友だちに好かれるでしょう」とこれまた何度も同じ言葉を繰り返していた。

4泊あるし、ジジババと子どもらを連れてどこかへ出かけるには私も疲れていたので、夕食は大分のおいしい唐揚げをテイクアウトして、サラダと味噌汁とピーマンのおかか和えを私が作り、家で食べた。母は何度も、おかか和えがおいしいと作り方を聞いてきた。「かつおぶしが入ってるね?」と必ず最後に聞くので、「そうだよ。それがおいしさのポイント」と何度目かに同じ答えを返した後で、申し訳ないが私とカズはちょっと吹き出してしまった。

あっくんがやけに急いで食べているのでどうしたのかと思ったら、座る席がない私のために、自分の椅子をあけようしてくれていたのだった。あっくんは本当にこういう細やかな気が利くのだ。母は「そうなの?あっくん、ママのために!?」といたく感動していた。

食後、今度は「指輪がない」と母が言い始めたが、これもまた父が無事に見つけ、事なきを得る。「あんな見つけやすい場所にあるのに、見つけられないんだよ…」とやれやれといった様子で父は溜息をついた。

そんな事件もあったが、母は子どもらのボール投げに付き合ったりして、楽しそうだった。表情が明るくなり、昔の元気だった頃みたい。就寝前にジジババと恒例トランプ大会。私は結局、父母来福までに終わらせることができなかった仕事を明日からどうしようか、そればかり考えていた。