もう最後ということで、毎朝、食堂で行われているNHKのラジオ体操に初めて参加。
そのまま下へ降り、朝日を浴びながら外を1周歩いて、患者情報室でホットココアを飲みながらブログを書く。
朝食。廊下で会ったAちゃんに今夜またピザに誘われたが、「朝をパン食にしたら欲望が収まったから今回はいい。ごめんね」と断わった。幹事である彼女は先輩の頼みをなかなか断れないようで大変だ。パッパラっぽく見えるけど、色々気を遣っているのがすごくよくわかる。
9時、朝イチで風呂。可愛いママと一緒になった。これまで続けてきた抗がん剤の効果が見られておらず、逆に腫瘍が大きくなっているので、投与を中止し、先に手術になるかもしれないと言っていた。別の若い女の子も、肝臓に影が見つかり、もしそれが癌だったら既に全身に転移していることになるので、もう手術はできない、抗がん剤のみと言われたと、私の前でポロポロと泣く真似をした。自分より若い子の病状悪化は本当に切ない。
タキソの副作用が来た。腰、膝、足首の関節が少し痛み始めたが、程度は軽い。
GWに入り、外泊外出が増え、病棟内に人が少なくなって静かになったので、珍しく読書など。私は周囲で人がしゃべっていると、そっちに気がとられ、本が読めないということがよくわかった。結局、入院中、夢中になって読めたのは、コミックだけだもの。
面会室にあった『BRUTUS』の「歩こう。」特集をめくる。映画評のページ、ビョークのミュージックビデオなどで知られるミシェル・ゴンドリー監督のインタビューに目が留まった。新作映画は、ハイスクールの通学バスの中の人間模様を描いたものらしい。大人数から段々と人が降り、減っていくにしたがって、人間関係が変化し、会話の内容が濃くなっていく…というような話。
「集団の中には人の上に立って自由に振る舞える人が出てくるけど、それは変化したり、逆転したりする。だから、支配関係っていうのは本当の力関係ではないんだよね」と監督。「強い立場にいる人も、本当に人間的な強さを持っているわけではないってこと? じゃあ、人間的な強さって一体何だと思いますか?」というインタビュアーに、「難しいね」と前置きをしながら、監督は答える。バスに乗った当初はしゃべらないけれど、後半、急に存在感を増す少年について。「彼は自己主張のために話す必要のない子で、でも話しかけられたら自分のことをちゃんと説明できるんだ。それは真実の強さだよね。つまり、どんな状況においても独立して、自分自身であり続けられるっていうことが、本当の人間的な強さなんじゃないかな」
「自己主張のために話す必要のない子」という言葉が胸に響いた。あれ? それって、あたしのこと?
なんだかとても大切な核心に触れたような気がして、外に出ることにした。私にとって、歩くことは考えること。散歩しながら色々考える。これまでのことは一体なんだったんだろう。まるで長い映画を見ていたように感じた。
私は今まで生きてきて、自己主張の必要性を考えたことがない。それって裏を返せば、いつも周りに自分を認知し、理解していてくれた人がいたっていうことじゃない?
集団の中で声高に自己主張する人がずっと苦手だった。うるさいというより痛々しくて。そんなに頑張ってアピールをしなくても、私には裏も表も全部見えるのに。でも表層的な部分しか見ない人も多いから、だからみんな自分を知って欲しくて、多弁になるのだ。でも私には主張する必要がまったくなかった。なぜなら、これまで私を育ててくれた両親が愛情を持って私のことを見ていることを知っていたからだ。
そういえば、何回目かの入院の時、両親の介護で自分の乳がん診断が後回しになった女性がいた。兄も姉もいるのに、彼女がずっと面倒を見てきたのだという。「私の周囲でも、たいてい親を介護しているのは次女ですよ」と言うと、「親に愛されて来たという自覚がある人は、すっと自立できるらしいですね。だから東京からさっと福岡に来ることができるなんて…あなたは愛されてたんですよ」と言われたことがあり、その時の部屋の人はみなうなずいていたっけ。
私は親の愛を受けられずに傷ついた小さな女の子ではなかった。きちんとした両親によって育てられた強い大人だった。周囲を気にしているように見えても、決して流されたりはしない。一人で考え、一人で行動できる、強さを持っていた。癌という重い病気を受け止めるにあたり、自分を弱い存在とすることで、周囲のせいにしていたのだ。病気を作ったのは自分だという事実をきちんと引き受けていなかった。まぁつまり、そこまでの強さはなかったということだ。
びっくりだ。探し続けていたものは、既にすべて持っていた。私はもう何も怖くない。車椅子の患者を押して看護師が歩いているのを見ても、以前のようにぐっと来て涙ぐむこともない。情緒が安定しているのがわかる。
癌という病気のこと、抗がん剤のこと、病気にかからずに生きて行くために必要な食に関する知識のこと。形式はなんでもいい。私は書かねばならぬ。館内に戻り、手当たり次第に資料を探し集めた。
告知された時にはつらくて読めなかった、癌の親を持つ子どもへ向けたパンフレットがあった。「癌になったのはきみが悪い子だからじゃない」「今は元気がないかもしれないけど治療が終わったらまた遊べるよ」等、これが泣けるのだ。椅子に座って読みふけっていたら、「ママ…」という声が聞こえた。どっかの子がまた間違えてる…としばらく無視してふと顔をあげたら、あっくんがいた。ちょっと遠くにカズもいた。パパもいた。
あす退院だから来てくれるなんて思わなかった。だからケータイも部屋に置いたまま。
みんなで病院の廊下を歩いて、自販機でジュースを買って、花でいっぱいの庭を抜け、駐車場まで歩いた。福岡ならでは、頭の上を低く飛ぶ銀色の機体に、あっくんが何度も「あ!飛行機!」と叫んだ。パパをはじめ、なんだかみんな嬉しそうで、私も心が満たされているのがわかった。
「ありがとう。またあしたね」と子どもたちと順にタッチ。車の中からカズがいつまでも手を振ってくれた。
小説なら、ここで「完」。映画ならエンドロールが流れる頃だろう。だが、現実の幕引きはまだ遠い未来のことにしなければ。私はこれから新しい人生を生きていくのだ。