週末いないので、朝、あっくんを膝に乗せて保育園から借りてきた本を読んであげる。地下鉄ができるまでの本のため面白かったらしく、「かえってきたらまたよんでね」と言われ、ハッキリと返事ができない。本当は今日からまた入院でママはいないわけだけれど、朝、それを言って機嫌を損ねたくない。だからいつもあっくんには何も言わずに出かけることになる。
午前は図書館で本を返却した後、買い物で終わってしまった。ボールペン探すのに時間かかりすぎ。
木の葉モールのサンリブの惣菜コーナー。ダーに焼きそばサンドを買う時に、「ちくわサラダ」なるものを発見!裏を見たら、焼きそばサンドと同じメーカー、ヒライ製であった。惣菜では大手らしく、先日の阿蘇旅行中に何度かお弁当の店舗も見かけた。ちくわの中にポテトサラダが入っているの。贈答用みたいにして売られている2本パックもあった。魚加工品なんて今一番ヤバイから、ちくわも相当食べていないけれど、焼きそばサンドがあまりにもダーやカズに好評だったので好奇心に負けて買ってしまった。
サラメシを見ながら弁当をかきこみ、慌ただしく入院の準備をし、ダーに送ってもらい、病院へ。
体調が悪く他人との生活がきついので、今回は個室をオーダーしてあった。空いていないかと思ったが、無事入室。心からほっとする。これで好きな時に眠れるし、好きな時に仕事ができる!
やがて針刺しが上手なベテラン先生の声がした。今日はあの先生なんだラッキー!と思っていたら、治験コーディネーターの人と一緒にまたどこかへ行ってしまった。
再度戻ってきた時の先生の表情を見て、「あ、これは何か話があるのだな」とすぐにわかった。ハーセプチンの副作用である心機能低下の傾向が見られるので、点滴投与の前に、念のため循環器科を受診してほしいとのこと。
で、部屋で呼ばれるのを待っていたのだが全然来ないので原稿を書きながら待っていた。遂にお昼も食べた。
午後になってやっと呼び出しがかかったので循環器科に行く。先生に胸の音を聞かれ、血圧を計られた。心臓には血液を全身に送り出すポンプの役割があり、その収縮力が治療開始時76→現在64まで落ちている。ただ、エコーで見た時の角度などによって微妙に誤差があるし、そんなに気にする数値ではない。また、収縮力と同時に心臓のしなやかさも大切なのだけれど、そちらは今のところ大丈夫ということだった。ただ、低下の傾向が見られるのは事実なので、今後は毎回点滴前に心エコーを撮り、心臓の状態を観察しながらやっていきましょう。そして必要に応じて、心臓を護る薬を少し使ったほうがいいということになるかもしれない。でもそれは血圧を下げる効果があるものなので、あなたはもともと血圧が低いからね…と。
「いや、これ以上、薬はいやなんです。ホルモンだってやりたくないくらいで」と即座に断ると、私と同年代くらいの女医、わかりやすく顔が曇って「そういうことを言っている場合じゃなくなることもあるので。どうやったら治療を続けられるかを考えていかなくちゃいけないでしょう」と言われた。私が一番聞きたかったのは、ハーセプチンの治療が終われば、この弱ったといわれている心機能は元に戻るのか?ということ。「そういうこともあります」と仰ったので、「そういうこともあるっ?(ってことはない可能性もあるってことですか?ハッキリしろよ)」と強く聞き返すと、改めて肯定してくれた。あと、運動もまったく問題ないとのこと。
初めての手術の時に一緒で、毎晩消灯まで食堂で話したミナちゃんが遊びに来てくれた。で、治療が終わるまでずっとそばにいてくれて、私は寝ながら色々話した。彼女は術後ホルモン治療のみなのだが、それほどのダメージを受けていないとか。彼女いわく、自分は正直貧乳だったし、もともと女性ホルモンが少ないのかも。だから女性ホルモンを止めてもあまり体に影響がないのかもしれないと言っていて、なるほどもともと持っているホルモン量の差によって副作用の出方が異なる、それも一理あるかもしれないと思った。
ずっと話をしていて休んでいなかったせいもあるかもしれないが、やっぱりホルモンを始めてから、ハーセプチンとペルツズマブ投与の後がきつい。
だるくて仕事をする気になれないので、売店で雑誌を買うことに。村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を見つけて、迷った末に買ってしまった。静寂な個室の夜、清潔なシーツにくるまって村上春樹の世界に浸ることは悪くないアイデアに思えたのだ(←既に思考が村上春樹風)。
夜、担当医が来て、改めて今日の心機能の話など説明してくれる。病院の治療可能数値規定は58だから、64あればまったく問題ないのだれど 、念のためにとのこと。そして、「やっぱり発熱はタモキシフェン(ホルモン治療薬)のせいかもしれませんね」と仰った。さっき調べたら、そういう症例がいくつかあったので、と(今頃調べるのかい!)。でも、ホルモン治療薬は3~6ヶ月くらい経たないと体調が安定しない。関節炎がつらいと言っていた人が3ヶ月経ったら嘘のようになくなったという事例もある。もう少し様子を見て、もしまだ症状が続くようなら、タスオミンなど別の薬に変えてみましょうか、とのこと。そして目の見えにくさも、いつでも紹介状を書くので一度眼科医を受診してみてはとのことだった。
個室だから見放題なのに、そんな時に限ってテレビがまったく面白くない。クローズアップ現代さえもやってない! 早速、読書にとりかかる。
21時頃から、前回の入院で一緒だったRちゃんや、抗がん剤真っ最中で手術を控えている同級生のノリちゃん、カズの親友Hくんのママから次々LINEあり。返信など。Hくんママが私が行けなかった音楽会でのカズの写真を送ってきてくれて、体がきつい時にはいつでも子どもたちを預かるし、保育園の送り迎えもカズと一緒にやるから…と言ってくれて、はらはらと泣く。彼女の母親が私と同じ病気だから、すぐ死ぬとかのヘンな偏見もなく、つらさは理解してくれる。出会わせてくれた神に心から感謝したい。
23時過ぎ、目が疲れて一度眠ろうとしたが、やっぱり続きが気になって、また本を読み始めてしまった。