全9箱、ほぼ梱包を終えました。持ち運びやすい文庫のほうが再読の可能性があるので処分基準が甘くなってます。場所もとらないしね。まだ二日酔いで頭が回らないのですが、一応コメントつけときます。
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・人に対して怒りがわきおこるのは、自分なら決してそうはしないという気持があるのです。そのためその瞬間、相手を見下す気があるし、その無知や破廉恥に対してがまんがならないという気があるのです。この気持ちの中には思い上がりがあると思います。自分の中にだって、汚い心や、悪い了見は全くないかといえばじくじたるものがあるわけです。
『寂庵説法』瀬戸内寂聴
※この一節の前置きとして、仏教の「顔施」「愛語」ということばに触れられています。
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・愛とは選択や決意ではなく、持続だ。
・目立たぬが真に男らしい行為とは自分が伴侶者とえらんだ女性がいかに色あせ、醜くなっても、なおこれを愛しつづけることである。このようなひそかな男らしさを現代は次第に嘲笑するようになった。
・本当の大人というのは、自分のすること、なすこと、必ずしも正しくないということを身にしみて知っている存在である。そして大人でない者はその反対なのである。大人と大人でない者との違いにこれほど明瞭な定義はない。赤ん坊をみたまえ。赤ん坊ほど自己主張をして聞き分けのないものはないからだ。
『愛と人生をめぐる断想』遠藤周作
※「黄昏の砂浜は歩きにくいが、そこに自分だけの足跡が残る。歩きやすいアスファルトには足跡など残りはしない」(大意)という文章にも折頁してありました。
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・人間は、軟らかく生まれて、硬くなって死んでいく。もちろん、これは身体についていっているのだが、身体についての本質的なことは、かならず、その人の精神にも影響を及ぼしている。感じ方、考え方が固定されてしまうということは、まさに生命体としての老化現象なのである。年寄りが頑固になるのは当然のことと言える。
・禅の言葉に「遊戯三昧」という言葉がある。子どものように無心に遊んでいる境地を、もっとも自由な人間の姿としてとらえているのだ。たしかに、常識にとらわれない子供は、遊ぶことが生きることそのものなのである。そして柔軟な体をもって遊び、生きていれば、つねに感動に溢れ、自然に多くのことを学ぶようになる。ここに、真の創造的な知恵が生まれてくる。
『西野流 「気」の極意』西野皓三
※どんな状況下でも“不思議”を許容できる若々しい身体(=頭脳)の持ち主が天才である、その意味で子供はすべて天才だと言えると。子供の身体および感性が持つ、純真で柔らかい無限の包容力がよく描かれている作品として、ミヒャエル・エンデの『モモ』を挙げています。
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・偶然の積み重ねって、つまり運命のことじゃない?
・私たちは出逢いたいと欲する人物に出逢っていくものだし、欲しいと切に望むものを結局は入手するものなのだ。その切なる激しい渇望ゆえに。
・人生の中で何かをやって、そのことで失敗したり深く傷ついても自分は悔いないだろう。しかし、何かをしたいと思いそれが実現しなかったり、実行できなかったために、その何かをしのこしたとしたら、きっと人生の終り頃になって、そのことを悔やむだろう。そして、何かをしのこしたことで人生の終りに悔やむくらい悲しいことはないと思った。
『ラヴ・ストーリー』森瑤子
※今回、さまざまな本を読み返して、読書はまさに自分の血や肉となり、現在の自分を形成していると感じたのだけれど、たくさん読んだ森瑤子さんの本もあらためて読むと同様に感じます。
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・頭はいいが、機知はない。金づかいは荒いが、気前のいい鷹揚さはない。美しいが魅力はない。献身的だがやさしさはない。機敏だが生き生きしてはいない。人を羨むが自らの願望はない。彼女は、人を中傷するが憎しみは持っていない。自尊心は強いが誇りはない、親しげだがあたたかさがない。感受性は強いが傷つくことはない。彼女は子供っぽいが純真さがない、愚痴を言うがあきらめはしない、高価な服を着ているがエレガンスがない、ヒステリックだが怒りはない。彼女は率直だが誠実ではない、臆病だが恐れを知らない。そしてつまり、情熱はあるが、愛がないのだ。
『愛は束縛』フランソワーズ・サガン
※実は江國香織『泣かない子供』からの孫引きなので、この女性がどんな人物でどんなストーリーが展開されるかをまったく知らないのですが、ここに書かれた特質のほとんどが自分にあてはまります。特に最後の一文ね、やられた!って感じです。
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・(略)今でも、子供は天使よりはむしろ「酔っ払い」に似ていると思っている。わけのわからないことばかりする。わがままを言う。いくら言い聞かせても理屈が通じない。感情を抑えることができない。よく転ぶ。まだまだあるが、とにかく子供というのはあらゆる点で泥酔した大人によく似ている。子供というのは「大人の汚れを知らない」のではなくて、大人のいいところも悪いところもすでにすべて持っている。ただ、それをうまく表現したり、コントロールしたり、隠したりするノウハウを持たないので、その頓馬なところが「可愛い」ということに短絡しているのではないか。大人の「汚れ」というのは、いい意味にとれば「知恵」でもある。
『空からぎろちん』中島らも
※子供を産んでから再読すると、やっぱり子供についての記述が引っかかるようになりました。
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・嘘吐きとは二つの別の真実を同時に別々の場所で見せる人間のことだ。
『生きていく願望』宇野千代
※その他、眠る前、大きな机に何度もなんども寝たり起きたりしながら、明日の準備をして眠るのがなんとも愉しいというくだりがなんとも可愛らしかったです。