コトノハマニア

言葉を紡いで生きていく

ハーセプチン+治験薬 7C/03

1時、2時とトイレで目が覚める。お腹が空いて眠れなくなり、アリエッタのビスコッティをつまんでしまった。ついでにちょっとだけiPhoneをロムっていたら、ちょうど看護士が見回りに来て、怒られるかな…と思ったら、「眠れます?」と優しく聞かれた。「寝なさい」じゃなくて、「眠れます?」。いいな、この言い方。いただき! 「起きなさい」の代わりに「起きれる?」。「食べなさい」の代わりに「食べられる?」。子どもにそうやって話しかけよう。

6時前に自然と目が覚める。同部屋のOさんが「暑くない?」と言って窓を開けてくれた。

6時25分、食堂でのラジオ体操に参加してみる。体が思うように動かないのはわかっていたが、できる範囲でやっても、気持ちよかった。昨日ボスから、いま入院しとるよ、と教えられたEちゃんがいたので終了後に声をかけて立ち話。タキソは最低2ヶ月は蓄積する。2年もしびれが続いている人が同部屋におる。FECのように尿では排泄されず、排泄できるのはうんこだけなんだって~、と教えてくれた。いい話を聞いた。

7時、患者情報室でブログを書く。

8時、朝ご飯を食べながら今日退院する同部屋のOさんと色々話す。互いに高齢出産でまだチビが小さく、わかり合えるところが多い。アドレスも交換した。

9時、またまた朝イチで入浴。貸切状態だったので、しびれのひどい足先を熱い湯につけたあと冷水をかけ、刺激してみた。

わーい。4人部屋に一人きり! Oさん退院後、ベッドでだらだらしていたら、昨日部屋まで挨拶に行ったCさんが一時帰宅する前に寄ってくれた。

gyao!で無料映画『東京島』を見始める。新人看護士さんが来て、「痩せました?」と言われた。GWに一度会った以来なので、覚えていてくれたのは嬉しいし、事実、食事を改善して痩せたのだが、がん患者にそのひとことは禁句なのではないだろうか?

お昼ごはんを食べ終わった頃、パパ、カズ、あっくん来る。昼食をコンビニやスーパーで買ったりせず、自分で作ったおにぎりと肉じゃがを持参してくれていた。素晴らしい! 子どもたちは私のベッドでiPadのアプリ。最近LINEを始めたダーは、母の病状連絡用に作ったグループの、弟と妹のやりとりの合い間にくだらないスタンプを送信し、本人いわく、場を和ませていた。でもさすがデザイナーだけあって、彼の、テキストではなくグラフィックによるコミュニケーション(つまりスタンプ)には、いつも笑わせられる。帰る際、あっくんは「オレほんとはべつのジュースがのみたかった…!」とか、「おにいちゃんとはトイレいっしょにいかん!」とか、わがままで、どうしようもない。さらに1階に降りたら、誰もいない廊下で普段出さない奇声を発したり。たぶん寂しいんだろう。

『東京島』の続き。途中から腹が立ってどうしようもなかったが、我慢して最後まで見た。が、結局、恐ろしくつまらなかった。脳内が「つまらん」の文字でいっぱいになって、自分がおかしいのかと、思わずネットで評判を検索してしまったほど。言っとくけど主演の木村多恵ほか、窪塚俊介、GM役、マンタさん役、ヤン役等、脇を固める俳優陣の演技はよかった。そして、あらすじを知っているだけで読んでいないが、桐野夏生の原作がこんなふうに退屈でないのは容易に想像できる。まず、あの作家独特の、特に女のドロドロズブズブの何とも言えない嫌な感じが映画からは、まったく伝わってこない。無人島に漂着した男女の話でありながら、リアリティが感じられない。全体的に、ぬるいのだ。誰かがネットで「小説も映画も愚弄している」と批評していたが、まったく同意。こんなふうに仕上げるのなら映画化などしなければよいのに。これは是が非でも原作を読んでみないと、と逆に思えたのが唯一、いいところか。

新聞を買ってテレビ欄をチェックしたけど、見たい番組がないので、手持ちの『ソイレント・グリーン』を観る。2022年、人口増加、環境破壊による食糧危機ゆえ、路上生活者で溢れかえるニューヨークが舞台。肉や野菜、水、酒等はすでに一部富裕層だけが手に入れられるものとなっており、市民はソイレント社が製造する加工食品の配給を食べて飢えをしのいでいる。そんな中、ある弁護士が殺害される。この事件をきっかけに、ソイレント社や政府が隠蔽する恐ろしい事実を実証しようと孤軍奮闘する刑事を主人公としたストーリーだ。材料のプランクトン不足により、ソイレント社が開発した新商品「ソイレント・グリーン」、その材料とは…

埃っぽい街、疲れ切って薄汚れた人々…未来を描いたストーリーなのに、東京島の映画より、こっちのほうがよほどリアリティがあるわ!と突っ込んだ。オープニングの構成も音楽も素晴らしく冒頭からぐいぐい引っ張られて最後まで一気に見てしまった。生きているのがつらい世の中、自ら安楽死を選べる葬儀施設があるのだが、そこでは死ぬ前に、目の前の大スクリーンで美しく壮大な自然風景を見せてくれる。主人公の刑事が生まれて初めて見たと感動し、死を選んだ老人が失われたものとして懐かしむこの景色は、いま、私たちの目の前に広がっているものだよ! 今なら、まだ間に合う。いや、もう間に合わない? ほんの2年前、福岡に来てからその素晴らしさに気づいた私が言うのは恥ずかしいが、自然だけが持つ癒しの力が絶対にある。自然は守らなくてはならない。失ってから後悔しても遅いのだ。色のトーンも演者たちも格好よくて大好き!と思ったら、1977年の映画だった。当時は一部の危機意識を持つ人以外にとって、あり得ない話だったかもしれないが、いま実際に、私たちの目の前に起こりつつある出来事なのが恐ろしい。

夜は、アメリカの“食”の危険性を暴いたドキュメンタリー『フード・インク』。食肉類がどのような環境で育てられ、私たちの食卓にのぼるまで何が行われているか。「種」を、農家を、牛耳るのは誰か。なぜ一房のブロッコリーよりハンバーガーのほうが安く提供できるのか。安く、早く、食中毒を起こさずに提供するためにファストフードが行っていることとは…。現状を知ると、ため息しか出ない。でも希望は一つだけある。それこそが、恐らく監督の伝えたかったこと。最大のスーパーチェーン、ウォルマートがニーズ増により有機食品を店頭に置き始めたように、消費者が変わることで、企業を、提供される食品を変えることができる。「労働者と動物と環境に優しい企業の商品を買おう」「成分を知ろう」「ラベルを見よう」「家庭菜園をはじめよう」といった最後のエンドロールの言葉だけでも、見る価値がある。しかし、豚や牛、鶏といった命あるものをモノのように扱う様はやはり正視できなかった。福岡の「つまんでご卵」の鶏舎は静かで臭いもないと、どこかに書いてあったのを思い出した。なんて幸せな鶏たちなんだろう。抗生物質まみれの餌で胸肉だけが大きくなるように育てられ、自分の体重も支えられずに育つ鶏と、どっちを食べたいか?ってことですよ。