コトノハマニア

言葉を紡いで生きていく

20140714

月曜日。

早く起きようと気負って炊飯器を敢えてタイマーにしなかったのがいけなかった。寝坊したらどうしようと気になって眠り浅く、起きられない。カズの朝食と水筒の準備だけして、また布団へ。保育園のママ友が突然家に来た夢を見ていて、がっつり8時10分過ぎまで寝てしまった。起きたらカズはもういなかった。いってきますの声に応えられなかったことを激しく後悔。

午前、明日までに返却せねばならないピクサーショートフィルムを一人で見た。トイストーリー2作と、月と少年がよかった。

昼過ぎから小学校。PTAの定例会へ参加し、その後、委員会のメンバー3人で中学校へ移動して子育て講演会を聴いた。夕方まで。

移動の時間がなく、炎天下、ママ友と走ったのだけれど、全然足が動かなくてついて行けず、自分の体力の衰えに恐怖を感じた。

講演会、よかった。テーマは、「思春期の子育て」。よくいる上から目線の臨床心理士ではなく、自身が母親から厳しく躾けられて育ったために、自分の娘にも叩くなど同じ行為をしてしまい、大きくなった娘さんから「自分の子どもにあんなことをしておいて、今、子育てカウンセラーなんかやる資格あると? お母さんに叩かれた時、すごく痛かった。私は絶対忘れないからね!」と責められた経験を持つ(でも、感動的な和解があり、現在に至る)。子育てにつまづいたと自覚しているからこそ、すべての話に説得力があった。ママはみんなそうだったと思うけど、自分に重なる話がたくさんあり、涙なしには聞けなかった。

しかし、最近、返ってくるわ~、ダイレクトに。自分の発した言葉に対する答えが。

女3人、男1人を育て上げた人。冒頭の言葉からして、「みなさん、男の子は可愛いですよね? 女の子は口が達者だから…」という言葉だったからね。生意気で負けん気が強い私ではなく、弱虫で穏やかな弟のほうを母が可愛がっても、それは当然のことなのだ。別にそんなこと恨みに思ったことはないけど、弟と母への思いを比べた時に初めて気づいてしまった。結局、昨日心の中で毒を吐いたばかりの母を許せと、そういうことなのだ。

私は本当に未熟な親なれど、日々、子どもに許されて生きている。なのに自分が親を許せなくてどうする。親だって完璧な人間ではないのだ。

もとい。講演の話の続き。親は子どもの将来を見据えて、社会に出て困らないように怒ったり躾けたりしているつもりだけれど、子どもは「いまがすべて」。だから子どもは、「今を否定されると、明日はない」のだそう。正しいことを言って聞かせなくていい。ただ、子どもの今の気持ちを受け入れて共感し、繰り返すだけでいいのだそうだ。

例えば反抗的な態度とともに発せられる子どもの言葉にそのまま返してはいけない。子どものその言葉の裏にある気持ちを読むことが大事とのこと。私はいつも、真っ正面ストレートだから。そこも反省した。

思い返せば、あっくんが昨日ヒスを起こしてすねたのも、チビたちに文句を言われてつまらない気持ちを私に受け入れてほしかっただけなのだ。なのに、私が理詰めであっくんがいけないみたいなことを言ってきかそうとするから…。

でも私はこれまで子育てでそんなことばかりだった。結局、真面目すぎるのだ。母と同じだ。子どもを自分の思う通りにしようと思うからイライラする。子どもをそのまま受け入れてただ見守れば、子どもは自分の力ですくすくと育っていくのにね。ダーは最初からそれができていた。すごい。

帰宅後、あっくんを迎えに行き、昨日の公園へ。

夜は、肉じゃが、焼き鮭、小松菜のお汁など。

明日ちょっと急ぎの原稿があるので雑事は今日のうちに済ませておきたい。夜、あっくんとエフコープ→TSUTAYA。カズは放課後、Hくんと遊んでいて宿題をしていなかったので留守番。エフコープでまたあっくんにアイスをねだられたけれど我慢させ、代わりにお菓子を買ってあげてしまった。さらにTSUTAYAでは今まで絶対やらせなかったガチャガチャまでも…。あっくんは喜びの表現もストレートだから与え甲斐がある。つくづく可哀想なカズであった。

カズ、悪いけど、お母さんこれからだよ。あんたが私から巣立つ日まで、人生を一緒に楽しもう。