でも歩く。時間は死ぬほどあるから。
様々な草花が茂る病院の庭は一般の人の出入りも多い。虫網を持った小さな男の子2人を連れたママの姿を見て、子どもたちに会いたくなる。
あっくんやカズの無邪気な笑顔を思い出す。子どもは本当に可愛い。でもやっぱり考えれば考えるほど、私は可愛がり方がわからないのだ。子どもを生む前までは、自分はそこそこ優しい人間だと思っていたし、仕事も恋愛も順調で、酒を飲みすぎること以外、コンプレックスを感じることはそんなになかった。でも母親になってからずっと、私は自己中心的で幼い自分をダメ母だと責め続けている。出産によって私の人生はまるごとひっくり返った。いい気づきの機会だった。あのまま勘違いして死なずによかった。
ふと、私を育てていた母の想いと重なった。感情の起伏が激しくきかん気の私を育てていて、なんでこの子はこんななんだろう…なんで他の子みたいに情緒が安定してないんだろう…って、何度も思ったんだろうな、たぶん。人一倍世間体を気にする人なのに、育てにくい子を持って大変だったんだろうなと。
夕方から突然の雷雨。竜巻注意報。
痴呆症のCさんは、やはりダンナさんが帰って一人になると寂しいようで、また看護師さん相手に泣き出してしまった。何度説明されても、自分がいま置かれている状況がつかめず、いつからなんでいつまでここにいるのか、家に帰りたい、怖い、どうしていいかわからないと繰り返す。席を立つ回数、独り言の回数も多くなった。センサーが付いているらしく、彼女がベッドから離れようとすると、看護師が飛んできて、どうしました?トイレ?傷が痛む?もうすぐごはんくるからやすんでましょう、と言う。そりゃストレスもたまるよ…。見かねた看護師さんが散歩に連れ出し、少し気分転換になったようだ。彼女を見ていると、ただ寄り添うことの大切さがよくわかる。寂しいと訴える人に、何が寂しいか根掘り葉堀り聞いても、仕方がないような気がするんだけど。看護師によってかなり差がある対応を見ていて、老人介護のプロのケアが必要ではないかと拝察する。
夜は、何度か入院が一緒になった先輩Nさんが、食堂に誘ってくれた。ウルトラスーパーキュートな人気者Aちゃんが幹事となっている宅配ピザパーチーに参加させてもらうのだ。初めて会う人もいたので最初は逃げ出したいくらい緊張したが、ピザを食べたい気持ちが勝った…!で、久しぶりのポテトもパスタも全部美味しかったし、楽しかった!
部屋に戻って早々にカーテンを引き、NHKのメガクェイクを見ていたら、Aちゃんが入ってきた。「なに今頃たべてんの~?あんだけ食ったのに!ウケる~」と見舞品のポンカンにむしゃぶりついている私を見てケラケラ笑う。赤外線通信のできない私のために、自分のアドレスを書いたメモを持ってきてくれたのだ。そのメモがまた、可愛くて泣けた!

彼女が入院してくる前から、「明日Aちゃんが来るとよ」と楽しみにしている声を老若問わず、たくさん聞いた。その理由が本人に会ってすぐにわかった。
彼女のおかげで入院生活が楽しいと思えた人が一体何人いるだろう。たとえその笑顔の裏でいっぱい泣いてたとしても、彼女の明るさ、屈託のなさは確実に人を救っている。もちろん私も救われた一人。いっぱい笑わせてくれて、ありがとう。