6時起床。本日打ち合わせのための資料を読む。本当はプリントしようと思ったのだが、「このくらい頭に入れられなくてどうすんだ」とPCを見てメモっただけで済ませた。最近、モノの名前が出てこない、何をしようと思ったか忘れるなどの症状がひどい。もっと脳を働かさないと!
園経由でクライアントへ行くため、いつもとは違う格好である。「ママって全然42歳に見えないよ」とカズが言うので、るん♪と思っていたら「43歳みたい」と言われた。
西新宿のビルにて農場主と待ち合わせ。毎年恒例のお仕事。打ち合わせ終了後、お昼を食べる。ダーに私が今朝買って読んでショックを受けた『BIG ISSUE』のコラムを読んでもらう。
論壇が揺れ、議論が起こったのは去年だそうだから、もうネタとしては旧いのは承知で書くが、「希望は戦争」という31歳フリーターの主張である。
要はこういう話。「ポストバブル世代で正規雇用の道から外れてしまった人間は、貧困層として固定化している。低賃金労働者として都合よくこき使われながら、世の中から「やる気がない」「自己責任」と罵倒され屈辱を味わい続ける。今後もこの負のループからは抜け出せない。だったら戦争が起こって“国民全体が苦しみ続ける平等”を実現してほしい。“一部の弱者だけが屈辱を味わう平和”よりも、“国民全体に降り注ぐ生と死のギャンブルである戦争状態”のほうが望ましい。老親が死んだら自分は経済的基盤が無くなるので首を吊るしかない。努力が足りないと世の中に嘲笑されて惨めで無念な死を迎えるのなら、戦死して靖国に英霊として奉られ、尊敬されたい。そのほうがよほど自尊心を満足させてくれる」
まぁ、これを読んで誰もが思い出すのが秋葉原の例の事件だろうけれど、私が震撼したのは、こんな考えの人が今の日本には恐らくたくさんいるんだろうなということだ。ダーは読んだ後すぐに「そうだ、だからみんな自衛隊に行けばいいんだ」と言ったけど、こういう人は、厳しい訓練になんか絶対耐えられないだろう。そういう覚悟はないのだ。こんなひどい考えに至ってしまうほど現在の雇用状況はひどいものなのかと驚きつつも、やはりどこか同情できない自分がいる。やっぱりどうしても甘えてると思ってしまう。それとも自分が社会的弱者になったことがないから痛みがわからないだけなだろうか・・・といろいろ考えさせられた。
新宿なんか滅多に来ないので、ぶらぶらウィンドウショッピングでもしようと思ったのに、くだらない原稿の修正やら追加やらですぐに帰らなければならなくなってしまった。ダーとは恵比寿駅のアトレでで別れた。久しぶりにカズ抜きで会って話して、なんだかもうちょっと一緒にいたかった。
最近気に入っているブランドの革コートとスウェット地コート2着を試着してみるが、モノは可愛いのにまったく似合わない。若い子向きのブランドだから基準となる体型がもう違うんだろうな。哀しい。明日の外出用にラメのラインが入ったレギンスだけ買って帰る。しかし自分の連絡を待っている人がいるというのに、のんびり服を見るなんて私も変わったものだ。以前ならあり得なかった。
今後の修正は社内でやるので、資料一式を返却して欲しいとのこと。もう請求は終わっているし、願ったりかなったり。カズのお迎えの時間が迫っているので、急いで梱包し、ヤマトまで走り、自転車は朝、広尾に置いたきりなので、走って園まで。歩道橋なんか駆け上がる。
夜、カズは「きのうのNさんち楽しかった。大好きになっちゃった。みんな、顔がいいんだもん」と言っていた。Nさんもカズのことを育てたいくらい可愛いと言ってくれているし、そんなになついたのなら、今度、釣りに連れて行ってもらおう。