仕事の参考にするために立ち寄った書店で。相変わらず、本来の目的以外の本ばかり手にとり、夢中になってしまった。
ペラペラとめくった『すごい片づけ』という本の中に、「片付けたいのに片付けられない対象の裏側には、あなたの才能が隠れている!」という記述があり、考えてみた。
年賀状や卒業アルバム、子どもの作品ですらジャンジャン捨てちゃう私が捨てられないもの。それは「服」だけなのだ!
スタイリストをやったらいいのに…!というくらい、安くて素敵な服を見つけ、着こなすのが上手だった母。洋裁学校出の技術を活かして、私のコートまで手作りしてくれていた母。私は幼少時からかなり大きくなるまで、市販の服を着たことがなかったのだ…
いつからか、いや、確かに、母と反目するようになってから、私はハンドメイドというものを毛嫌いしてきた。スポーツ観戦同様、母の好きなもの、母と重なるものがとにかく嫌だったのだ。母を否定することで、自分を保っていたのだと思う。
でも最近。時間があってお菓子を手作りしていたりすると、この上ない幸せを感じる自分に気づいた。もっともっと、おいしくつくるには、どうしたらいいのだろう。材料や配合をあれこれ試して、自分なりのベストを見つけたくなる。
そういえば、当時お金がないという理由で、自分のワンピースからカズの保育園のハロウィン衣装(上下)をパパっと適当に作ってしまったが、そういうこともあんまり普通の人はやらないのかな。今でも、刺繍とか、パッチワークとか、素晴らしい手仕事を見ると、アドレナリン噴出して、自分でもやりたくてたまらなくなる。もう好きな服の形は決まっているので、好きな布を買って、服は全部手作りしたいくらいの気持ちである。ついこないだ、久しぶりにミシン出してカーテン縫った時も至福だったな…
不器用だし、いい加減だし、飽きっぽいし、全然、うまくない。でも、そう! まさにDIYと同じく、「ヘタの横好き」なのだ。
書店内を歩き、ソーイング関連の雑誌を目にしながら、「ああ! 結局、母と一緒じゃん」と気づいた。どうあがこうと、私には母の血が流れているんだ…
私は母から家事、特に料理の一切を教わっていない。なぜ、母が、私を台所から遠ざけたのか。それは自称「無学」である彼女と同じ道を、同じコンプレックスを味わう人生を送ってほしくなかったからだ。ただ、それだけ。手伝うと言っても、いつも拒否されたけど、嫌われていたわけじゃない。母ゆえの愛情だったのだ。
そんなこと頭ではわかっていたけれど、やっと、感情も、彼女の立場になって味わうことができ、やっと、本当に、彼女に対して色々なことを許せることができた。心からこれまで育ててもらったことを感謝できたし、そして、初めて、彼女の心の病の病状が心配になった。
「嫌い」ということで、跳ね除けてた。嫌いなわけないじゃない、お母さん、お母さんは一人しかいないもの。本当は私、お母さんに甘えたかった。一緒に台所に立ったり、世間によくある母娘のように仲良くやりたかったのよ。
素直になれた。泣けた。そして、私をがんじがらめにしていたブロックが一つ、外れた。
やっぱり、私の問題の根底は、「親との関係」にあるんだよね。親にさえ本音を言えず、甘えられず、打ち解けられない人間が、他人と親密な関係を持てるわけがないのだ。
そこから、「夫婦関係の問題」が発生する。今回の解放が、何かのとっかかりになればいいけれど。
母を認めず、母に反抗する形で、父と同じ編集という道を選んだ。なのに約30年経って、気づいたら自分はまったく母と同じだったという、そういう話。