コトノハマニア

言葉を紡いで生きていく

きっかけが欲しい

完全にカズの風邪がうつって鼻グズグズのあっくんと、約1週間ぶりの登園に「やだ!やだ!」と泣いてごねるカズを置いて帰ってきました。あたしって鬼母・・・? 

いやもう、夜眠れないのがつらくて。「1日でいいからゆっくり休みたい」と毎日思っているのだけれど、帰ればかえったで公私ともにやることがいっぱいありすぎて、あっという間に時間が過ぎてしまう。きっと母親ってみんなそうなんだろうな。3食きちんと子どもの食事を用意するだけでもすごいことだ。頭が下がります。

さっき調査が終わったのだけれど、水道工事はとうとう路地の私道まで掘り返すことになりそうだ。水道屋さんから説明を聞いて「もう何度も工事してその度に周囲に頭を下げに行っているし、借家なんでそこまでの話になるとオーナーさんから事情を説明して欲しい」とものすごく迷惑そうな顔で言ってしまった。別に水道屋が悪いわけでもないのに。別にたいしたことじゃないのに、「そうなんですか! ハッハッハ!」と笑えばよかった。

朝、会っただけでいいことがありそうな素敵なママ友が保育園には何人もいるというのに、いまの私はその逆だな。自分ではそんなつもりないけど、哀しい顔をしていてきっと会う人みんなを不安にさせている。

最大の鬱の原因はありがたいことに解消したのだが、気分が上がらないのはどうしてだろう。

すべてが面倒くさい。何もしたくない。

昨日は町内会の秋祭りで、おじさんおばさんはハッピを着せたり頭に豆絞りを巻いてくれたり、みんなが温かくカズの面倒を見てくれ(あっくんはパパとお留守番)、本当に私はご近所さんに恵まれていると痛感したのだけれど。

引っ越したいとそればかり考えてしまう。

カズは「金曜日、楽しかったね」と何度もなんども言う。「あっついなかでさ、お茶飲んだのも楽しかった」と今朝はそんなことも言っていた。わざわざ出かけなくても、お腹が空いたら帰っておいで子どもたちを山とか川とかそのへんに放って遊ばせられる環境で子育てできたらどんなにかいいだろうと思う。

舗装されていない凸凹道を歩くだけで足腰とバランス感覚が鍛えられる。飛びとびの石の上を渡って川を渡るのはパズルよりも頭を使うだろう。「こんなのカンタンだよ」とカズは瞬時にルートを判断したようだが体がついていかず、片足どぼんと水に落ちた。やったことがないから自分の身体能力がわからないのだ。蝶々を追いかけるのもただやみくもに網を振りまわすだけ。しばらく経って、やっと止まっている状態の昆虫に網を振り下ろせばいいのだと気付く。頭と体、フル回転だ。相当に疲れたのだろう、その夜は初めて咳き込まずに熟睡していた。本当に自然以上の教科書はない。頭ではわかっていたけれど、それを目の当たりにしてしまった。

心配するがゆえ、過保護に育てたのは私なんだけど、まだ間に合うだろう。少年期ならではの貴重な経験をもっともっとさせてあげたい。

と、理想はいろいろあるのだけれど、現実は日々の暮らしをなんとかするだけで精一杯なわけで。

いやちがう、それは言い訳だな。なんでもかんでも一度に手を出すからいっぱいいっぱいになる。物事に優先順位をつけて、少しずつ実現できるよう考えるのだ。

仕事の話が持ち上がっては消えてしまうのも、私に「仕事に完全復帰する」という心構えがちゃんとできていないからだ。

日頃から感謝感謝と言っておきながら、口だけで実は奢りがなかったか? 仕事に復帰するなら、「産休があけたらまたお願い」と言ってくれていたこれまでの取引先にまず御礼と報告をするのが人の道では? 新規取引先を確保して万が一ダメだったら・・・みたいな保険的考え方は相当失礼ではなかろうか?

何をするにも一呼吸おくように心がけていたら、家にいて言葉が出なくなった。んで、ダーがふだん無口な理由がやっとわかった。彼はいつも不満や文句を飲み込んで、相手が不快にならない言葉や冗談だけを口にしてきたんだね(面白がってわざと人が嫌がることを言う傾向はあるけど、それは趣味だから別として)

生理2日目。終わったらまた上がるといいのだけれど。

うーん、きっかけが欲しい! 

飲みにでも行くかな。いや、実はそんな気分になれないのが唯一の救い。今の私は子どもといることが全然嫌じゃない。