コトハの泉

アラフィフ・コピーライターが綴る、元気とキレイとハッピーのヒント

「良かったね。これで自分が悪い子じゃないってわかったでしょ」。ADHD傾向を認めてくれた医師の言葉に涙。

はてなブログをスタートしてから1か月以上が経ちました。

リフォームやDIYという、とっても共感しにくい記事だけを書き続けていたにもかかわらず、スターをつけてくださった方、読者登録してくださった方、ありがとうございました!本当に感謝していますm(_ _)m 皆さんのポチッ!がなければ多分、根性なしの私は今頃もうブログやめてました^^;

そろそろ話題を広げようと決意してのぞむ一発目。今回は、メンタルクリニック取材のこぼればなしです。

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一番最初に他人からそれをズバリ指摘されたのは就職活動の時。適性検査の結果を見ていた面接官に、「驚くべき集中力の無さですね」と言われたのだった。自分は至って普通だと思っていて、むしろ個性がないことをコンプレックスに思っていたので、意外なひとことだった。

 

今になって思い返せば、子どもの頃から忘れ物が多かった。いつも動いていて人の話をよく聞かない。早合点、思い込みが激しく、あり得ない勘違いをしてしまう。行動は基本的に衝動的。後先考えずに突っ走ってしまい、特に思春期に入ってからは、恋愛関係であちこちに迷惑をかけてきた(ちなみにバツ2です)。

 

好奇心旺盛で様々なことにパッと飛びつくが、あちこちお店を広げてやらかしては一向に片付かない。約束を忘れる、遅刻する、、、でも、基本的に、エネルギッシュで元気いっぱいだから面白がられて友だちは多い。

 

そんなこんなで高校~大学の頃は当時流行していた「不思議ちゃん」扱い。アルバイト先では数々の失敗を「おっちょこちょい」のひとことで片付けられた。

 

が、社会人になって状況一変。大きな仕事を任されるようになるにつれ自分の性質を強く自覚し、「これはマジで気をつけないと相当ヤバいことになる!」と思ったことと、母親譲りの神経症が顔を出し、「とにかく失敗しないように」と何度も何度も確認を重ね、慎重に物事を進めるようになったのだ。心配なことがある度に生理が止まった。いつのまにか約束や締め切りを守れる人となり、逆に何事もキチンキチンと進めるので、今では仕事先の人や深い付き合いのないママ友からは、「しっかりしている人」と思われている。

 

本当は「子どもがそのまま大きくなったような大人」なのに。

 

「本当は私、こうなんだよ」と言っても、信じてもらえないし、わかってくれる人が少ない。同じような想いをしている人も多いかもしれないので、今回は私がとても救われた、メンタルクリニックの院長との対話をご紹介します。

 

目次

 

ADHDを知ったきっかけ

長男を出産後、仕事に復帰した頃のことだから、もう10年以上前になると思うけれど、「大人のADHD」のプロモーションが大きく展開されたことがあった。当時、仕事で関わる機会があり、ADHDの女性の日常を描いた資料DVDを見ているうちに、「不注意」「多動性」「衝動性」というキーワードがやけにひっかかった。

 

これって私のことじゃ・・・? しかも登場人物の名前が自分と同じという偶然!これは何かのメッセージではと慌ててADHDのチェックリストを確認してみると、ほとんどの症状が自分の行動に当てはまった。

 

学生時代は自分の好きな友だちや恋人とだけいれば済むが、社会人になって様々な人と出会うようになると、「大人数での雑談」がすごく苦手なことに気づいた。1対1がベスト、まぁ4人くらいまではなんとか話題についていけるのだが、それ以上の人数になったり、気心の知れてない人たちといると、何を話していいのかわからなくなる。それは今も同じで、だから個人的に仲のよい人はいても、ママ友の集団がすごく苦手である。

 

表面上は職場の人たちとうまくやっていたが、大勢で行くランチなどは特に苦手で、だからと言って友だちがいないと思われるのが嫌だから一人で行動する勇気もなく、昼休み前後にわざと外出の用事を入れて、外で一人で食べて帰社していた。遡ればバイト時代は、仕事中より休憩時間が苦手で、当たり障りのない会話をよく知らない人としなきゃいけない休憩室で行き場がないように感じ、「トイレで弁当」とか、普通にやっていたっけ。いま思えば別に、誰とも話なんかしなくてもいいのに。

 

そう、あの頃はまだ自分はただの「人見知り」だと思っていたのだ。

 

ADHDとは

ADHDとは「注意欠陥多動性障害」。自閉症スペクトラム症(ASD)、学習障害(LD)とともに発達障害の一種で、自分では気づかないまま大人になり、周囲から「変わった人」と思われたり、生きづらさを抱えながら生きている人も数多くいる。

 

最近では、発達障害の傾向はあっても医師に診断を下されない、いわゆる「グレーゾーン」で苦しんでいる人たちを取材したフリーライター姫野桂さんの『発達障害グレーゾーン』が話題となった。それだけ思い当たる人たちがたくさんいるってことだ。

 

ADHDは単体というよりも、ASDやLDの症状を併せ持つ人も多い。私はADHDに、コミュニケーションに問題を抱えるASDの傾向が混じっていると思う。人とほとんど関わりを持たず、物事にこだわりが強い、父譲りだ。

 

ASDのパートナーと一緒に暮らすことで、情緒的な相互関係を築くことが難しく、不安や抑うつといった症状が出る「カサンドラ症候群」もちょっと前にニュースになった。うちの母親はまさにこれで、かなり若い頃から精神に異常をきたしていた。今は統合失調症と認知症を併発して、もう私のことさえわからなくなっている。

 

ADHDの症状

ADHDは他の発達障害と同じく脳の機能が原因となる病気で、先天的なもの。気になる症状があったら早めに専門医のドアを叩き、自分の特性を知った上で、うまく付き合っていくしかないという。家族や周囲だって、何も知らなければ様々な問題行動に対して腹が立つが、知ることで許せたり、付き合い方を工夫することができる。

 

大人のADHDの症状を専門サイトから抜粋する。これは全部思い当たる。

  • 思ったことをすぐに口にしてしまう
  • 時間管理が苦手
  • ケアレスミスをよくする
  • 忘れ物、失くし物が多い
  • 衝動買いをしてしまう

adhd.co.jp

 

子どもの場合は「落ち着きがない」「騒ぐ」「激しくダダをこねる」などの症状として現れることから、よく「親の育て方が悪い」「しつけの問題」などと誤解されがちで、親も子どももとてもつらい思いをしていることがある。また社会人になり、職場で問題を起こしたり、ミスが重なったりして、自分を責めてしまう人も多い。

 

ADHDかどうかのチェック項目として、他のサイトでは、「詰めが甘い」という症状もあった。それも思い当たる。そもそもこの記事を書こうと思ったのも、記事の幅をリフォームから広げようと決意したこの3週間、書きかけのまま、仕上げられない下書きが増えていくばかりだったからだ。

 

発達障害の見分け方

スピリチュアルの世界では、自分にとって必要な情報は何度もなんども形を変えて入ってくるというが、最近、発達障害についてメンタルクリニックの院長を取材する機会があった。

 

その際に私が、「私も含め、そういう症状がある人はたくさんいると思うんですが、発達障害かどうかは、どうやって見分ければいいのでしょうか?」と質問したら、先生はひとことで即答した。

 

「自分自身でマネジメントできるかどうか」

 

とてもわかりやすく一瞬で納得したので、余談として自分自身の話をした上で、「あぁ、じゃぁ私は一応普通に生活できてるから発達障害ではないんですね!」と言ったら、「うん、障害じゃなくて傾向だね」と。そして「でも良かったね。これで自分が悪い子じゃないってわかったでしょ」と続けて仰ったのだ。

 

取材中なのに、泣いてしまった。

 

「なんであんたはそうなの!」「なんでこんなこともできないの!」と小さな頃から母親に怒られてばかりいたから。自分は悪い子だってずっと思っていた。そのせいで自己肯定感がものすごく低いから、認められるために無理をしてでも頑張ってしまう。で、失敗すると、それが例え些細なことですごく落ち込んでしまうのだ。

 

自己肯定感の低さは自分を大切にしないことにもつながる。自暴自棄はやがて心だけでなく、体も蝕んでいく。アルコールの過飲もあった(先生いわくADHDの人はそういう人が多いとのこと。理由は、飲んでいる時だけ色々考えず鈍感になれるから)。まぁ私ががんになったことと、関係ないとは言えまい。

 

そっか、私、生きてていいのか・・・。天から降ってきたような救いの言葉だった。

 

決して悲観することはない

取材した院長はこうも言っていた。日本でトップレベルの大学に入る学生や専門性の高い著名な学者には、発達障害の人がすごく多いと。一つのことに集中する特性を武器に変えて、うまく伸ばしていけば、人より抜きん出て活躍することもできるのだと。

 

また、発達障害は血液型のようなもので、そういうタイプだと自分も周囲の人も知って付き合えばトラブルも減らせると。ただし、ADHDは感覚過敏の子も多いので、音や光などの環境がつらくて学校に行けない子もいる。そういう場合は、保護者や先生の介入で環境をできる限り変えるなどの配慮をしてあげることも本人にとって必要だそうだ。

 

子どもも、大人も、いずれも「知ること」がとても重要だ。

 

赤ちゃんの時、ほんのわずかの刺激で目を覚まし、泣いてばかりいる次男の育児に悩み、情報を探した結果、HSP(Highly Sensitive Person)に行き着いて、至極納得したことがある。そして当然ながら、大きな音や高い音や眩しい光が苦手、衣類のチクチクが我慢できないなど私も当てはまることが多い。

 

長くなってしまったので、HSPの話はまた今度。こんなメンタルの話も時々していきますので、よかったら読者登録していただけると嬉しいです^^