コトノハマニア

言葉を紡いで生きていく

処分本メモ

赤ん坊がいては何もできないというのは言い訳にしか過ぎないわけで。今日は彼の機嫌をとりながら合間あいまに本の処分を進めました。今まで手を付けなかった、村上春樹も山田詠美も江國香織もぜんぶ手放す。図鑑や辞書以外で手元に残すのは目標30冊! 今後の人生、蔵書を読み返す時間などなさそうだから。新しい作家はどんどん登場するし、最近では読みたいと思うのはビジネス関係の本ばかりだし(これはこれで哀しいけど)。だいたい私、過去のものには興味がないのだ。もっと早く気付けばよかった。

基本的にどんどん段ボールに詰めているが、それでもときどき自分が折った頁隅に誘われて目にとまる文章がある。ここに書き留めて潔くさよならしよう。下記、抜粋です。

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 赤ちゃんについて言えることが一つある。育っていく過程でいつも、これ以上はとても愛せないと思う。もう愛情ではちきれんばかりになっていて、可能なかぎり愛しているのだから、これ以上は無理だと思う。ところがそれは間違いで、実際はさらに愛するようになる。
(中略)               
 どのようにしてか、ある時点でパミー(シッター)は両親を許した。許すとは、もっとよい過去を持てたらという希望をすべて断念することだ、とだれかが言うのをきいたことがある。パミーがあんなに強いのはそのためだ。

『赤ちゃん使用説明書』アン・ラモット

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 私でも人に旅の何が好き? ときかれたら答えられる。
 ひりひるするような孤独感が、たよりない心細さが、この美しい風景の中に最愛の人がそばにいないことが、このめずらしいおいしいものを一人で食べている味気なさに泣きそうになることが、そしてもしかしたら人は本当に一人ぼっちなのかもしれないという恐怖にかられることが、そして私あの親しい人達に今すぐ会いたいと本当に思っていることを確認したいから、旅が好きと答えられる。

『ふつうがえらい』佐野洋子

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 私は雨が好きだ。でも陽ざしも好きだ。どんよりとした曇り空も捨てがたい。要するに、単におめでたい人なのだが、それは、あらゆる状況が、私の場合、常に郷愁を抱き締めて、私自身を包んでいるからだと思う。郷愁という言葉がイメージを限定してしまうなら、悪くない記憶とでも言っておこうか。しかし、これは思い出に浸るというのとは全然違う。人が記憶から、ある種の甘い痛みを呼び起こすとき、それは贅沢という名の現在の中に立っているのである。

『誰がために熱血ポンちゃんは行く!』山田詠美

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 私は、常に真ん中にいて、二人の間を取り持たなくてはならなかった。彼らが、子はかすがいという意味を最も強く感じたのは、そういう瞬間だったに違いない。しかし、両親をつなぎ止める役目をになった子供は、大人になることをせかされる。気を抜けずに、いつも何かをこらえている。

『風味絶佳~海の庭~』山田詠美

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 「僕の心は傷つくのを恐れています」ある晩、月のない空を眺めている時、少年は錬金術師に言った。
「傷つくのを恐れることは、実際に傷つくよりもつらいものだと、おまえの心に言ってやるがよい。夢を追求している時は、心は決して傷つかない。それは、追求の一瞬一瞬が神との出会いであり、永遠との出会いだからだ」

『アルケミスト』パウロ・コエーリョ

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 他人の流す涙は、それが切実であればあるほど、悲哀のいろが強ければ強いほど、許せなくなる。とくに少年と呼ばれる年頃にはそれが顕著である。
 感受性を濫費できる季節だ。余裕がないのだ。他人の悲しみが直截に刺さる。心をかきむしる。しかも悲しみに反応してしまった自分が許せない。それは弱さとして認識されるからだ。少年は男になりたいのだ。
(中略)
 勉強も、運動も、あれもこれも、努力しないでそれなりにこなせた。皆をリードすることができた。小学校低学年から天才扱いされてきた。僕の日々は努力と縁のないところで過ぎてきた。しかしこの夜、僕は努力した。頑張った。三浦が迸らせたとき、僕は努力の意味を悟った。心に刻み込んだ。これから先の人生、努力だけはしたくない。努力とは敗北の免罪符だ。

『ゲルマニウムの夜』花村萬月