3時頃、トイレに目が覚め、その後しばらくiPhoneでロムってしまったので、朝、起きられず。
9時、体調不良のMさんを除く同部屋3人で朝イチ風呂。
その後、少しうとうと。
11時、外来で抗がん剤治療を行うトモちゃんが血液検査の結果待ちの間に上がってきてくれる。午後ティーストレートとタニタ食堂のプリンの差し入れ。少しの時間だったけど、やっぱり話していて落ち着くし、好きだとしみじみ思う。どこに惹かれているんだろう。柔和な外見とは裏腹な内在する強さだろうか。
昼ご飯まで患者情報室のパソコンで昨日分のブログを書く。一人パソコンに向かって文章を書いていると、あっという間に時間が経ち、しみじみ仕事したいなぁと思う。
昼食の鰆味噌焼きが美味しかった。そういえば、母がただ塩コショウしてフライパンで焼いただけの鰆もめちゃ好きだったっけ。私はもしかして鰆が好きなのかも。Mさんに「よかったら、レモンとかゆかりありますよ~」と声をかけたが、いずれも食べたくないとのこと。食べ物だけでなく飲み物もあまり入らないようで心配だ。
箸を洗うために洗面へ行こうと廊下に出たら、一部屋ずつネームプレートを確認しながらこちらに歩いてくる女性がいた。
思わず手を降る。前々回と前回、同部屋で色々お世話になったNさんが、私を探してくれていたのであった。実は私も昨夜、入院してきたはずの彼女を探して同じように廊下を歩いたのだが名前がなく、心配していたところ、ベッドがいっぱいで隣の病棟に一泊していたらしい。
「お土産買ってきましたよ~」と仰るので遊びにいくと、また彼女の地元の道の駅で売っているという美味しそうなヘルシーお菓子をいっぱいいただいてしまった。私が福岡産のりんごを買いたいと言っていたので、地元のりんご園のチラシも。何より忘れずに気にかけてくださっていたのが嬉しい。何もお返しするものがないので、いただき物のハーブティーをおすそわけ。
だんだんと副作用が現れてきている。同じように行動していても、昨日より階段を上がるのがきつくなっているのがわかる。午後は、ベッドでうつらうつら。
石原結實先生の本の話から同部屋で会話始まる。主に食事の話等。途中、Mさんのお孫さん2人登場。具合が悪くて横になっているのに、「のんきにねとる!」と言われていておかしい。
17時になったので、ウォーキングに行こうと一人外に出たところで着信あり。カズの学校から、給食の牛乳を来年はどうするかという問い合わせ。本人は自分だけ牛乳を飲まないのは嫌みたいだし、再開しようかと実は迷っていたのだが、市販の牛乳について考えた時、摂取メリットは一つも考えられなかったので、引き続きストップしてもらうことにした。その場合は特に手続きは必要ないみたいでよかった。病院にいるという私に気を遣ったのか、先生は、「いつも黒板係を丁寧にしてくれて、とてもきれいに消してから帰っています。しっかりしているので私も頼りにしています」と安心させるようなことを言ってくれた。
ぐるっと一回りして正面玄関にたどり着いたところで哀しい光景を見た。
見覚えのある老齢の女性患者が、ものすごい勢いで植え込みに隠れ、タバコを吸っていた。私も未だに酒を飲んでいるし、喫煙そのものを責めるつもりは毛頭ない。でも、あの、普段は歩行器の補助がないと歩けないはずの彼女が、人目を避ける時だけ、ものすごい勢いで小走りでしゃがんだ、あの機敏な動作が、決して見てはいけないものを見てしまったような、後味の悪さを感じさせた。構内に患者用の喫煙所は別にあるのだから、そこで堂々と吸えばいいのに。もしかしたら体力的にそこまで行けないのかもしれない。でも、コソコソすることがすごくみっともないというか、哀しく映った。たぶん、後ろめたさとともに生きている自分の姿を彼女の中に見たのだと思う。
テレビがつまらないので、読書。一律に定められた標準量ではなく、副作用が出ない程度の適正投与であれば、抗がん剤は延命に効果があるよ、という医師の本を読む(ただし、ここでも、抗がん剤ががんを治すなどということは決してないと断言されている)。内容はともかく、言葉の選び方がきつくて、とても読みづらかった。患者の立場に立った治療を心がけて実際に効果を上げられているようだが、患者の心はまったく理解できていないなと感じた。
病人は、言葉に敏感だ。言葉ひとつで、元気にすることもできるし、消沈させることもできる。どんなにその立ち居振る舞いをわがままに感じても、できるだけ優しい言葉をかけてあげてほしい。ま、病人に限らないけどね。
読後感のよくない本のせいで就寝前に気分が沈んだ。骨盤周りが痛い。頭痛もする。少しずつ、痛みが出る箇所、頻度が増えてきている。