1時過ぎ、3時過ぎにトイレに起きる。
朝食ののち、朝イチで風呂。いつも、空いている終了間際を狙って入るので気づかなかったが、この時間は朝日が差し込んで、とてもいい感じ。しかも、貸し切り! 風呂上がり、機嫌がよく、看護師さんに愛想よく振る舞う。
iPhoneで文例や時候の挨拶を調べたながら、御見舞いをいただいた目上の人に御礼状を書く。
切手を買いに行った売店で医療用帽子を購入。帽子問題については後に別記する。
土曜日で外来のない一階は寒い。手紙を入口脇のポストに投函して、体を動かすために館内を散歩してから帰ると、もうお昼が来ていた。
午後の回診に来たスーパーナースKさんが、私が読んでいた本のタイトルを見て「放射能ですか!」と目を丸くしたので、「あ、私、東京からの避難組なんですよ」と言うとますます目を見開き、口をあんぐりしたまま戻らなくなった。美人は何をしてもきれいだ。
聞けば震災当時、彼女は東京の国立がんセンターに勤務していたそうだ。東京といえばあそこだから、銀座に勤務していた私とは、すぐ近くで被災したわけだ。東京と福岡では同じ病院でも雰囲気が全然違うでしょう?と聞いたらやっぱり予想通りだった。患者同士で情報交換することもあまりなく、まして、看護師の自分が患者さんとこうやって話すなんて一度もなかった、と。それがいいと言う人もいるが、私は合わなかった、自分で希望したのに、震災のこともあり2年弱で帰ってきたと。
その後は流れで、看護師さんが行ったあとも、同部屋女性パンダママさんとだらだらおしゃべり。20歳の次男がゲーム好きで、顔写真にキャラ名とコメントをつけてくれるソフトで彼女のことを写したら、「おまえが死んでも代わりはいくらでもいる!」というコメントが出て、慌てて息子が「これは今のお母さんにはヤバイ!」と言って消したそうだ。「シャレになんないよね~」と言って私も彼女と一階にゲラゲラ笑った。げに明るい、九州女よ! あと、彼女は最近アルバムづくりにハマっていて、作業しながら、なんで私こんなに急いでるんだろうやっぱり死ぬのかしらと思った、と言うので、私もちょっとしたきっかけでそう思うことありますよ~!とまた笑いあった。
おしゃべりに疲れたのと、喉が乾いたので食堂でパソコン。交通費整理。去年のに上書きするため2011年分を開いたら、年頭はまだ東京で、いまこっちで仲良くしている仲間とはまだ誰も知り合っていなくて、もちろん震災も発病もまだで、頭がくらくらした。
戻るとパンダママさんはまだ話したそうだったけど、疲れて17時過ぎから布団かぶって寝る。スッキリ起きたら15分しか経っていなかった。
また体を動かしに階段で一階へ。
夕食後は21時まで足をマッサージしながら、ずっとテレビ。その後は、消灯までルネサンスごはん読む。
腰がちょい痛くて、脇と傷跡に違和感。夕方、頭痛あり。全部パソコン作業と夜の長時間iPhoneのせいだと思うけど、すわ転移かとちょっと怖かった。
が、洗面所の鏡で、初めて見た人は必ず引く自分のまだらハゲを見ながら、チクショー元気になってやる!と思った。数々の病気を快方に向かわせたルネサンスごはんといりこサプリの存在に勇気づけられたことも大きい。効果のほどはわからないけど、試してみる価値はありそうだ。免疫力をアップさせる食事は、これからを生きる子どもたちのためにもなるし。
というか、本を読んでいて気づいたのだけれど、私が食事に気をつけるようになってから、子どもらがほとんど病気をしていない! これが偶然かは、これからわかることだ。まだ、死ねませんよ。子どもが自分で自分の身を守る食事を用意できるようになるまでは。
あ、これではまるで『はなちゃんの味噌汁』じゃまいか。あの、乳がんで若くして亡くなったママは、福岡在住なのを知ってましたか?しかも、うちのすぐそばで実は病院も同じ。乳がんだとわかってから初めて買った闘病記だったので、その偶然に驚きました。おわり。