コトノハマニア

言葉を紡いで生きていく

ただいま本の整理中

今週はきょうまで暇なのです。昨夜は、またまた恵比寿で飲み会。二日酔いの頭を抱え、明日、新潟の法事にカズを連れて顔を出すかどうかを迷いながら、きのう大量に拾ってきたグラスや器類を収納するために、これまで本棚代わりとなっていた食器棚を空けるべく、ざっくりと本の整理をしています(文章がまとまらん)。

安野モヨコを知ってからというもの、その他の漫画家にまったく興味がなくなってしまったので、内田春菊などはすべて処分。町田康や柳美里も、もういいや。大好きな山本文緒や山田詠美も、ページを折った部分がない本は思い切って捨てよう。江國香織がどうしても捨てられない。彼女の文章が持ってる空気感が好きだから。ナンシー関は追悼の意を込めて手元に残す。男性作家では、村上春樹がおおいに迷うところ。

そうそう、私は本当に記憶力が悪くて、本を読んだ端から内容をすっかり忘れてしまうので、忘れたくない部分は本の上端を折る、いわゆるドッグイヤーをバンバンやってるわけです。それが1カ所だけのやつが、惜しい! なのでそういった本は、ここにお気に入りの表現を記して、処分しようと思います。

下記、抜粋。

私は今日、精一杯あらん限りの言葉で何かを伝えようとしたか、
私は今日、驕ることなく人を見たか、
私は今日、謙虚に祈ったか、伝えることを諦めなかったか、
怒りを持って語らなかったか、憎しみに負けなかったか・・・と。
生きることは絶え間ない自分との闘いだよ。他人と闘っている暇はない。
『ぐるぐる日記』田口ランディ
※著者ではなくアイヌのシャーマン、アシリ・レラさんの言葉。ちなみにこの文には、「私はアイヌとしてずっと闘ってきた。でも、闘うべき相手は和人ではなく自分自身なのだ」という意味の前置きがあります。

運命というのは、
たとえ瞬時に察知したとしても受け入れるだけでは足りず、
めぐり合ったそれを我が手に掴み取り、
必死の思いで守り通してこそ初めて自らのものとなるのだ。
『私という運命について』白石一文
※必死の思いで守っております(笑)

人に必要とされてしまったら、
死ぬ自由すら手に入れることが出来ないのを教えてくれた。
そして、ある人間を必要としてしまったら、その人の自由を奪ってしまうことも。

“どうしてふたりきりになりたくないの?” “だって、相手いなくなったらひとりだぜ”

あの人と出会ってから、私はずうっと死を隠し持っているのです。
あなたもそうしてみたらよろしいわ。
そういう女を男の人は決して捨てないのですよ。

恋の熱は言葉を奪うから、裸で抱き合うしかやり方がわからない。
『姫君』山田詠美
※全然1カ所じゃないじゃん!(笑) でも、著者の中ではあまり面白くなかった覚えがあるのと、装丁が嫌いなので手放す。

神経症の症状というのは、社会から遮断されて、
いわば無意識へ抑圧されているなんらかの心理的傾向が、
抑圧しきれないでなんらかのゆがんだ形で出るわけですから、
それを漫画でもいいし、小説でもいいし、詩でもいいし、芝居でもなんでもいいと思いますけれど、
ある形に表現するということは他者に知らせることですから、
他者に知らせることによって、抑圧から心理的傾向が解放されるんです。
知らせるという形で表現されれば、神経症の症状という形で出る必要はなくなりますから、
それはじつに簡単なことだと思います。
『口だって穴のうち』内田春菊
※対談集。これも著者ではなく、対談相手の心理学者・岸田秀さんの言葉です(若い頃読んだ彼の著書にはめちゃめちゃ影響を受けております)。私が日記を書き続ける理由がここにありました。

以上。自分的に面白いので、折りを見てまた続き書きます。