コトノハマニア

言葉を紡いで生きていく

ハーセプチン+治験薬12C/03

結局、昨夜もまた2時間以上、ネットで調べ物をしてしまった。最後は福岡R不動産など。

そんなんでまた寝坊。いつも起きている6時50分に自然と目が覚める。

朝、7時から食堂で1時間だけ仕事。起き抜けが一番頭が働くので。

すっかり平熱。リンパの腫れも引き、押さなければ痛くない。

今朝はちょっと憂鬱。いろいろお世話になった2人が同時に一ヶ月半の長きおつとめを終え退院するのだ。奥に挨拶に行きたいのだが、苦手なにぎやかしに会いたくない。昨日の発熱騒動で向こうはとっくに私に気づいてるかもしれないけど。

どうしようと思っていたら、なんと2人とも自ら部屋まで挨拶に来てくれ、今の部屋の人たちみなで賑やかに話す。こういう輪が楽しく思えるのは体が回復した証。話のついでにそれとなく聞いてみたら、やはり私以外にも、彼女のことを、話がくどくネガティブだと言っている人がいた。でも私には仲良く見える。それが不思議だ。

これまで何度も書いたけど、みんなどこか辛抱して、自分を曲げ、人に合わせて表面うまくやってるのだ。九州の女の人は特におしゃべりがコミュニケーションに大きく役立っている。結局、絵手紙しかり私は人に絶対合わせないから、軋轢が生まれる。だからすべての人間関係が面倒くさい。思い返せば、今までの私が仲良くしてきた友だちってみんな、食事する場所ひとつとっても私の思い通りにしてくれる人ばっかりだったもんな~。なんたる王様ぶりよ。

そんなこんなで危機回避したと思ったのだが、風呂に行く途中、バッタリ会ってしまった。が、人にしたことは自分に返ってくる。なんと気づかぬふりされた!ほかの人に挨拶する私を確かに一瞬見たはずなのに、すぐうつむいたのだ。そういえば実は来た日も廊下を歩く彼女にベッドから会釈したのに無視されたり、昨夜も廊下で瞬間すれ違ったのに無視された。

いつも慌ただしい人だからもしかして気づいてないのかも…と思っていたが、これでハッキリした。向こうも私が苦手で、できれば関わりたくないのだ。

ならそれでいい。が、今後も互いに3週に一度のペースは多分一緒だから、2月まで絶対何度かまた顔を合わせる。しかも常連だから同部屋になる可能性大いにあり! その時はさすがに見て見ぬフリは互いにできないだろう、気まずすぎるもの。

意を決して、数人と体重測定中の彼女の名を大きな声で呼び、「○○さん、お久しぶりです! 覚えてる?」と言ってみた。そしたら、「覚えてますよ、K大先生でしょう?」だって。この言い方でもう向こうが私に距離を置いているのがわかるよね。頭にも来ないし、何とも感じない。次回会った時もこうやって最初だけ挨拶すればいいし、万が一同じ部屋になっても、当たり障りのない程度に世間話すればいいだけだ。だって互いに近づきたくないんだから。あースッキリした!

失う縁があれば出会いもある。風呂待ちで話した女性がめちゃ明るくて楽しくて色々話した。で、ちょうど噂をしていたら私の向かいのベッドの女の子が風呂から上がってきたので、3人で同じテンションで話していっぱい笑った。

眠い。

昼食後、うとうとしていたら、ママのところにやってきた隣の「あっくん」に起こされた。DVDが見られん!と早速ママに文句を言っている。これは確かに暴れん坊そうだ。しかし4歳って、まだちっちゃ!かわいい!

15時過ぎ、一階へ降りて仕事。

同じ食堂にいた女性が脳や骨転移の話をしていて、ふと「神様、私はいつまで生きられますか」と心の中で尋ねた。私が哀しいのは、死にたくないからではなく、この期に及んでも、まったく生に対する執着が持てないからだ。太宰みたい。「生まれて、すみません」。私のような者が生きていてよいのでしょうか。深い深い、自己価値の欠如。

そんなことを考えてたら泣けてきた。ホルモンの副作用かな~。もともと不安定で泣き虫だから、薬のせいかわからないことが、果たして、いいのか悪いのか。

戻ったら、あっくんがまた暴れていた。お母さんが食べてたごはんがどうしても食べたかったらしい。慌てて私が朝のクロワッサンの封を破いて、パンあるよ食べる?と聞いたら、いらん!と。どこまでもうちのあっくんにそっくりなのだった。それにしても、お母さんが優しくてびっくりする。人前ということを差し引いても、私みたいに子どもを脅すようなことを言って自分の思い通りにさせるような言葉を、あの暴れん坊相手に一度も言わない。

夜は、認知症の番組を見た。若くして早期のアルツハイマーを発症した夫を支える素晴らしき妻の愛。何の病気でも、治す大きな力となるのは家族の愛だ。