6時過ぎ、起床。まだ荒天につき、散歩はとりやめ。朝食まで患者情報室や売店やら。
昨日入りそこねたので、今日は絶対入浴したい。入浴時間の30分前から食堂で順番待ち。一番乗りかと思いきや、先客が。71歳の上品な女性と一緒に話しながら待つ。ご主人と毎年一緒に受けていた肺のCT検査で乳がんが見つかったとのこと。抗がん剤は今回が初回で全4回を予定、脱毛について色々聞かれた。
昼食、クリームシチュー、スパゲティ、豚肉のピカタと病院にしては珍しいお子様洋食。これで美味しければ万々歳なんだけど。そろそろ白米に飽きて、売店のマヨたっぷりミックスサンドを毎日未練たらしくじーっと眺めては諦める日々(街のパン屋さんが搬入してるもので絶対に美味しそうなのだ!最後の入院時は必ず食べる!)。一方、玄米や自分で作った煮物・福神漬等も食べたい。病院の「食」には力がない。
だらだらしていたらシーツ交換のアナウンス。
ひとり食堂へ避難して西日本新聞をよんでいたら、これまで廊下等で何回か会ったことがあり、「ずいぶん若くて可愛いらしい子が入院しているのね~」と思っていた女性が来て、暇そうに窓の外を見ていたので、「シーツ交換待ちですか?」と声をかけてみる。
話してみたらなんと44歳…! 互いに絶対自分より歳下だと思っていたのだった。
全摘の術後でまだドレーンを付けていた。乳がん発覚後は精神的に落ち込んで、患者のメンタルケアを担当するオンコロジー科の一番偉い先生にまでお世話になったのだそう。今後、私と同じく、抗がん剤→ハーセプチン→ホルモン治療を行うそうだが、それについては最善の治療と納得して前向きにとらえているようだった。どちらかというと、私のほうが未だに抗がん剤への抵抗が消えず、ジタバタしているような感じだ。
彼女からも脱毛とか副作用について聞かれたのでずっと話していたら、看護師さんが呼びに来たので慌てて帰る。
洗濯の順番が来ていたのだった。終わったら、次の人に声をかけないといけないので、うっかり眠ることはできない。洗濯機を回している間に、『論より証拠のがん克服術』読了。三大療法に頼らず驚異的な生存率を誇る患者会「いずみの会」代表の方が書かれた本。彼自身、治癒するのは3万人に一人といわれたスキルス性胃癌を克服している。心の問題、食事がとにかく大切というのは、免疫研究の第一人者の先生方が言われているのと同じ内容。こういう本ばかり読んでいるから、現在の標準治療に懐疑的になるのだ。でも、こっち側のほうが心から納得できるんだから、仕方ない。
今日は同部屋の人とうまく話せない。実は私とMさん以外の2人は、前回も同部屋でしかも抗がん剤治療の進行まで同じだったのに、今回は2人とも白血球の値が低く、結局、一人だけが治療を受けることができ、もう一人は今朝の第2回目の採血結果でもダメで月曜日の検査待ちとなってしまった。一人によかったですねと言えば、もう一人は傷つくだろうし、一人を慰めれば、もう一人が気にするだろう。さらに、これまで元気だったMさんもいきなり副作用が出始め、すごくつらそうで、ほとんどベッドで横になって過ごしていた。
そんなわけで部屋にいずらいので、17時半前から外を散歩。もう空は晴れていたが風が強く寒かった。歩きながら色々考えた。乳がんになる前のあの生活を続けていたら、いつポックリと逝っても不思議じゃなかった。どのくらいの期間かわからないけれど、死ぬまでに猶予がある乳がんでよかった。主に食のことが大きいけれど、気づきもたくさんあった。子どもたちの食生活もずっと良くなったし、長い目で見れば有益なことがいっぱいあった。上記の本にも書いてあったけど、がんなんか風邪と同じ。よろしくない生活習慣で免疫が低下して病気になったのだから、それを改善すれば治るのだ。歩きながら大きくのびをし、天に「ありがとう!」と言った。
帰ったら、Mさんに「元気でうらやましい…」と言われた。だから「私だってそう思いながら泣いてた時があったんですよ。Mさんももうちょっとしたら、こんなふうに元気になるから!」と励ました。
夕方から、いきなり皮膚がかゆくなってきた。また、肩や首の関節が少しだけ痛む。FECに比べれば可愛いもんだけど、タキソやハーセプチンの副作用が出始めたのだ。今朝で副作用止めの薬が切れたから、そのせいだ。体ってまったくわかりやすい。
夜はおしゃべりもせず、みんな好きに過ごす。21時には隣の女性がカーテンを引いてくれた。コールスロー、レバーペースト&ジャム、酢漬け風サバ、卵とエビ、トマトサラダなどカラフルな春のオープンサンドやグリーンピースのキッシュ等を紹介する「きょうの料理」を、おいしそうだなぁ食べたいなぁと思いながら見た。