コトノハマニア

言葉を紡いで生きていく

2007/7/14(土)

今日しか行ける日がないので午前、H氏の写真展を見に出かける。雨の中、カズを連れて。一番濡れないルートを考えた結果、田町までバスで出て、都営浅草線で東銀座へ。

まずは腹ごしらえ。歌舞伎座近くにある喫茶店「YOU」。オムライスが有名で一度来てみたかった店。オムライス大盛りとサラダを頼み、ふたりでシェア。ライスは特筆すべきものはないと思うが、上にのっているふわふわのオムレツが美味かった! アイスティーに、香り付けのブランデーをかけるかどうか聞いてくれるのが粋(禁酒日なので断ったが本当はかけてほしかった)。カズはオレンジジュースよりも店内の熱帯魚水槽に夢中になっていた。

キヤノンギャラリー銀座へ。会場の四方をぐるり囲んだ作品に圧倒される。ホームページで見ていたときには漠然と色のトーンが好きだと思っていたが、とんでもなかった。被写体となっているのはタイトル通り、世界中の「普通の人びと」。でも、その普通の人たちの中にこそドラマがあるということ、そして一人ひとりが背負っている人生までが伝わってくる素晴らしい写真だった。被写体との距離感も絶妙だし、そこに感じる繊細さとは裏腹に、一枚いちまいの写真から力強い「生」を感じた。来る前から「泣いちゃうかもなぁ」と思っていたが、本当に涙がこぼれた。そうか、いま書いていて思ったけど、H氏のこのシリーズは、“感じる”写真なんだな。だから「普通の人を撮ったって・・・」みたいなことを言う(実際、こういう意見を何度か耳にした)まず頭でモノを考える人たちには、良さがわからないのだ。大体、ワンテーマで20年間も撮り続けるってそれだけで凄いことでしょう。何を言われたって、結局、やり続けた者の勝ちなのだ。見習いたい。

台風が近づいている。雨がひどくならないうちに帰ろうと、早々に駅へ戻る。帰りは広尾駅からバスに乗ろうと日比谷線。

が、カズ、あと一駅というところで「おしっこ~!」。仕方なく六本木下車、ホームのトイレへ。ふと時計を見るとまだ13時半。ダーは朝、これから寝ると言っていたし、いま帰っても階下の狭い部屋でちまちまと過ごすだけかと思い、確か濡れないで行けたはずと六本木ヒルズへ寄ることにする。改札を出たところで期間限定のアクアリウムのポスター発見! やった! これに行けばいいじゃん! お! しかも、森美術館では「ル・コルビュジエ展」を開催中だし! これも行こう! 雨だが心躍り始める。

どうせたいしたことないだろうと思っていたが、アクアリウムは意外と良かった。というか、水槽+魚を基本素材に、趣向を凝らしてアート作品に仕上げるという世界をまったく知らなかったので、その点が新鮮だった。もとが自然のものだけに、あまりに人為的な作品には嫌悪感を覚えたけれど。でも、初めて見る可愛い魚(白くて鼻の穴があって間抜けな顔をしている)も居たし、タツノオトシゴが水流に乗って遊ぶ姿やクラゲの幻想的なダンスも見られたし、何より、カズがソファにうつぶせになって足をばたつかせるほどはしゃいでいたのが嬉しかった。「お魚の真似?」と聞いたらBGMのリズムに合わせて踊っていたのだと。

興味はあったが、六本木ヒルズが好きじゃないことから、恐らくこんな機会がなければ足を運ばなかったであろう「ル・コルビュジエ展」。絵画がたくさん展示されていたがあまりピンと来るものは無く、立体作品と、やはり建築が良かった!(再現されていて中へ入ることができる) ああ、いつか、あんな部屋に住みたい!

行きもそうだったが、帰りもエレベーターホールで係員に「こちらでお待ちください」と強い調子で歩みを阻止され、かなりカチンと来る。なんだい、黒スーツなんか着てスカしやがって偉そうに。怒りがおさまらなくて「っざけんなよ!」と小さい声で吐き捨てた。なんでこんなに頭に来るんだろうと考えたら、原因は恐らく、その大袈裟なポーズ。盆踊りで両手を左右に大きく広げるでしょ、あれを自分の膝元でやられるわけだ。回転ドアでの忌まわしい事故もあったし神経質になっているのかな、それとも聴覚障害の人にもわかりやすいようにかなと色々考えたが、目の前で手のひらを軽く挙げてくれればわかることでしょう。なんか馬鹿にされている気がするんだよね。あー、思い出すだにムカムカする!!!

茄子の含め煮や、もやしとワカメの味噌汁、かぼちゃサラダ等作り、梅干しや海苔の佃煮など付け合わせ、正しき晩ご飯・焼き鮭定食をカズとふたりで。

帰ったらいなかったダー。夜、「台風来るし、無理して帰ってこなくていいからねー」と言おうと携帯に電話するが出ない。よくあることなので事務所に電話すると留守電になっている。は? 仕事じゃないわけ? またまた頭に来た。折り返しかかってきた電話を取り損ねたのをきっかけに、携帯の電源を切って無言の抗議。いや別にいいんだけどね、昨年末の大げんか以降、私にそうさせてくれているようにダーも好きなことをやればいいと心から思ってはいるけど、仕事が忙しいと思って色々気遣っているときには(これも私の勝手なんだけど)、やはり裏切られた気持ちがしてしまうのだ。

カズ就寝後、HDDに録画してあった「NNNドキュメント'07 声の壁~発言できない議員」を見る。岐阜県中津川市の市会議員・小池公夫さんは癌のため声帯を失い、喋ることができない。議会での代読発言を認めるよう求める小池さんだが、市は断固拒否。市の予算で購入した音声読み上げソフトがあるのだから、それを使用すればいいというのだ。任期中4年間、一度も発言をさせてもらえなかった小池さんは2006年12月、遂に提訴に踏み切った。

脳性麻痺の議員がいる神奈川県鎌倉市の例(喋ることもペンを持つこともできない彼のために、本人が足で文字ボードに入力した内容を筆記したり、それを代読する担当がいる。議会中、彼が新たな質問をするたびに、なんと他の議員は全員一度議場から席を外し、準備ができるまで別室で待機するのだ)や、聴覚障害者の議員のために、手話通訳者のほかに要約筆記者を2名も雇った長野県白馬村の例(そこまでする必要が本当にあるのか反対意見も多数あったらしい。が、私も初めて知ったのだが、じっと手を見ていなければならない手話通訳だけでは、会議中資料を読んだりすることが難しいのだという)も途中で紹介され、なんだか最初から完全に市を悪者にしようという構成だなとちょっと同情しかけたそのとき! 小池さんとの最後のやりとりをまとめた市の議事録を読んで、まったく話にならないと思った。

「道具を使って障害者が自ら出来る領域を拡げること。それがバリアフリーの歴史だ。可能性が今あるのに、それ(つまり音声ソフト)を使わないのはおかしいのではないか」(以上要約)。「相手の立場になって考えようとする気持ち」はそこにはまるで無い。

「2007年3月、国連は“障害者のコミュニケーション方法は、障害者自身が決めること”と定めた」。番組はこの台詞で終わる。

「喫茶YOU」
「NNNドキュメント'07 声の壁~発言できない議員」 ※6月放映の項にあります。